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四霊達の過去~封じられた想い

夜も更け、部屋の照明だけが柔らかな光を落としていた。


六花はソファにもたれながら、大きく欠伸をする。


「ふぁぁ……。」


目を擦る姿は、まるで子どものようだった。


鳳凰は小さく笑う。


「眠いなら無理をするな。」


「うん……でも、みんなのお話、もっと聞きたい。」


そう言いながらも瞼は何度も閉じそうになる。


霊亀が優しく微笑んだ。


「続きはまた今度じゃ。」


「焦る必要はない。」


麒麟も頷く。


「我らは逃げぬ。」


応龍は腕を組んだまま、小さく口元を緩めた。


「明日も会える。」


その一言だけで、六花は安心したように笑った。


「……うん。」


布団へ潜り込む。


鳳凰達はいつものように、その様子を静かに見守っていた。


「おやすみ。」


「おやすみ、六花。」


四霊達の声を聞きながら、六花はゆっくり目を閉じる。


今日知ったこと。


桜という巫女。


自分の祖先。


そして、生まれ変わりと言われるほど似ていること。


驚きはあった。


それでも、不思議と怖くはなかった。


みんなが言ってくれたからだ。


――桜ではない。


――六花、お主自身だ。


その言葉が胸の奥で何度も響く。


「……ありがとう。」


眠りに落ちる直前、小さく呟いた。


穏やかな寝息が部屋に響き始める。


すう、すう、と規則正しい呼吸音だけが、柔らかな灯りの下に静かに溶けていく。


その寝顔はどこまでも無防備だった。


安心しきった表情。


四霊達は誰も動かなかった。


しばらく、ただ静かに見つめていた。


鳳凰の視線は、六花の頬に落ちた髪の影を追い、霊亀は瞬きひとつせず、麒麟は柔らかな灯りの揺れを見つめ、応龍は腕を組んだまま、ただ黙っていた。


やがて。


鳳凰が小さく息を吐く。


その吐息は、かすかな衣擦れとともに夜気へ溶けた。


その音だけで、部屋の空気が変わった。


温かな空気がゆっくりと消え、重苦しい静寂が広がる。


先ほどまであった柔らかな気配が、まるで誰かに布を被せられたように、すっと沈んでいく。


霊亀が寝室の襖へ結界を張る。


「これで起きることはあるまい。」


結界が閉じる際の、目に見えぬ低い震えが、薄闇の中を一瞬だけ走った。


麒麟は窓の外を見つめたまま呟く。


「……結局、言えなかった…。」


応龍は低い声で答えた。


「まだ早い。」


「今の六花では受け止めきれん。」


鳳凰は六花の寝顔から目を離せなかった。


「桜も……。」


「こんな顔で眠っておった。」


その一言で、誰も口を開かなくなる。


長い沈黙。


時計の針だけが静かに時を刻んでいた。


ちく、たく、ちく、たく。


その乾いた音が、やけに大きく耳に残る。


霊亀がゆっくり目を閉じる。


「あの日を思い出すのう。」


「千年前の、あの日を。」


「思い出したくなくとも。」


「忘れることなど出来ぬ。」


麒麟も苦く笑う。


「千年経っても変わらぬ。」


応龍は拳を握る。


その力があまりに強く、小さな音を立てた。


ぎ、と、骨が軋むような音が、静まり返った部屋に落ちる。


「……我がもっと早く気付いていれば。」


鳳凰が首を横に振る。


「違う。」


「誰一人、気付けなかった。」


「奴も。」


「まさかあそこまで変わるとは思わなんだ。」


麒麟が静かに尋ねる。


「……話すか。」


鳳凰は頷いた。


「ああ。」


「六花には話せぬ。」


「だから今だけは。」


「我らだけで、あの日を思い返そう。」


四霊達は自然と輪になる。


その表情から笑顔は完全に消えていた。


誰も六花の眠る方を見ないようにしているのに、視線だけは何度もそこへ引き寄せられる。


鳳凰がゆっくり語り始める。


「桜と暮らし始めて一年ほど経った頃だった。」


「小さな社にも、少しずつ参拝客が増え始めていた。」


「悪霊退治の噂が広まり、『よく視える巫女がいる』と知られるようになった頃じゃ。」


霊亀が続ける。


「その中に、一人の青年がおった。」


「白い狩衣を身に纏い、礼儀正しく、物腰も柔らかい。」


「最初に会った時の奴は。」


「本当に真面目な青年だった。」


「誰よりも神を敬い。」


「誰よりも人を助けようとしていた。」


「ただ、桜を見つめる時だけ、視線がほんの少し長く留まることがあった。」


「それは礼儀正しさの奥に隠れた、まだ形にもならぬ熱だった。」


麒麟が目を伏せる。


「近隣の社から遣わされてきた神職見習い。」


応龍が静かに名を口にした。


「……天王寺。」


その名前が部屋に落ちる。


まるで重い石が沈むように。


鳳凰は遠い記憶を見つめるように話し始めた。


「最初に会った時の奴は。」


「本当に真面目な青年だった。」


「誰よりも神を敬い。」


「誰よりも人を助けようとしていた。」


霊亀が小さく笑う。


「桜も最初は警戒しておった。」


『神職さんなのに、そんなに頭を下げなくてもいいのに。』


『私なんて普通の巫女だよ?』


そう笑う桜に。


青年は困ったように笑い返した。


『普通ではありません。』


『あなたのような巫女は初めてです。』


その笑顔には偽りはなかった。


打算も。


野心も。


欲も。


何一つ見えなかった。


だからこそ。


鳳凰は静かに目を閉じる。


「我らも……。」


「信用してしまった。」


誰も否定しない。


あの頃の天王寺は。


間違いなく善人だった。


桜も。


四霊達も。


誰一人として疑わなかった。


その青年が。


千年に渡る悲劇の始まりになることを。


その青年の心に生まれた”恋”が。


やがて”執着”へと変わっていくことを。


まだ、この時の誰も知らなかった。


夜は静かに更けていく。


六花は穏やかな寝息を立て続けている。


その寝顔を見つめながら鳳凰は心の中でそっと呟いた。


(桜……。)


(今度こそ守る。)


(お前が命を懸けて守った未来を。)


(今度は我らが、絶対に守り抜く。)


その決意だけが、静かな部屋の中で誰にも聞かれることなく、深く刻まれていった。

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