六花は六花である。
お菓子パーティも終わりに近づき、部屋の中には穏やかな空気が流れていた。
窓から吹き込む夜風がカーテンを優しく揺らし、テーブルの上には空になったお菓子の袋がいくつも転がっている。
六花はクッションを抱きしめながら、どこか嬉しそうに笑った。
「桜さんって、本当に素敵な人だったんだね。」
その一言に、四霊達は自然と顔を見合わせた。
鳳凰は静かに微笑み、霊亀は目を細める。
麒麟は懐かしそうに天井を見上げ、応龍だけは腕を組んだまま目を閉じていた。
「ふふっ。」
六花は思わず笑う。
「みんな、その話をすると優しい顔になる。」
鳳凰は少しだけ照れくさそうに鼻を鳴らした。
「……そう見えるか。」
「うん。」
六花は迷いなく頷く。
「鳳ちゃん達がそんな顔するなんて、桜さんは本当に大切な人だったんだね。」
その言葉に、誰もすぐには返事をしなかった。
“大切だった。”
その一言では足りないほど、大きな存在だったから。
霊亀がゆっくり口を開く。
「桜はのう、不思議な娘じゃった。」
「誰に対しても分け隔てなく接する子でな。」
「我らを神として扱わなんだ。」
六花は目を丸くする。
「え?神様なのに?」
「うむ。」
霊亀は苦笑する。
「『神様だから何?』と言われた時は驚いたものじゃ。」
麒麟が吹き出す。
「あれは傑作じゃった。」
『お腹が空いてないなら、一緒にご飯を食べればいいじゃない。』
『食べなくても、一緒にいる方が楽しいでしょ?』
『みんな家族なんだから。』
「家族……。」
六花はその言葉を小さく繰り返した。
鳳凰が静かに頷く。
「そうじゃ。」
「桜が初めてそう言った。」
「それまでは我ら四霊は、それぞれ別々に生きておった。」
「神獣同士ではあったが、家族ではなかった。」
応龍が珍しく口元を緩める。
「桜は、我らの距離を勝手に縮めていった。」
「『喧嘩したら仲直り!』」
「『みんなで食べた方が美味しい!』」
「『一人で抱え込まない!』」
「……そう言ってな。」
六花は思わず笑ってしまう。
「なんか想像できる。」
「桜さんらしい。」
その笑顔を見た四霊達は、一瞬だけ息を呑んだ。
笑い方。
目を細める癖。
誰かを思いやる優しい声音。
あまりにも、あの頃の桜によく似ていた。
鳳凰は静かに目を伏せる。
「……似ておる。」
「え?」
六花が首を傾げる。
霊亀が優しく笑った。
「六花。」
「お主には、話しておかねばならぬことがある。」
部屋の空気が少しだけ変わる。
六花も自然と姿勢を正した。
「……うん。」
鳳凰はゆっくり六花の前まで歩いてくる。
その金色の瞳は、どこまでも真っ直ぐだった。
「六花。」
「お主は以前、自分には何故こんな力があるのかと聞いたな。」
「うん。」
「視えることも。」
「祓えることも。」
「善悪を感じ取れることも。」
「全部、不思議だった。」
鳳凰は静かに頷いた。
「その理由は、お主の血にある。」
六花は息を呑む。
「血……?」
霊亀が言葉を続けた。
「桜は、お主の遠い祖先じゃ。」
「……え?」
時間が止まったようだった。
六花は瞬きを繰り返す。
理解が追いつかない。
「えっと……。」
「桜さんが……。」
「私の、ご先祖様?」
「そうじゃ。」
麒麟が優しく答える。
「その力も。」
「その優しさも。」
「人ならざるものを見つけて放っておけぬところも。」
「全て桜から受け継がれておる。」
六花は何も言えなかった。
胸の奥がじんわりと熱くなる。
「だから……。」
「みんな、最初から私に優しかったの?」
その問いに、四霊達は顔を見合わせる。
少しだけ困ったように笑う。
そして鳳凰が首を横に振った。
「違う。」
その一言に六花は目を瞬かせる。
「確かに最初、お主を見た時、桜を思い出した。」
「じゃが。」
「それは最初だけじゃ。」
霊亀が六花の頭を優しく撫でる。
「お主は桜ではない。」
「泣き方も違う。」
「怒り方も違う。」
「好きなお菓子も違う。」
麒麟がくすりと笑う。
「桜は羊羹より団子派じゃった。」
「えー!」
六花は思わず笑ってしまう。
「私はチョコ派!」
「知っておる。」
応龍が静かに口を開いた。
「だからこそ、お主は六花だ。」
「桜ではない。」
「我らが守っているのは。」
四人は同時に六花を見る。
その視線はどこまでも優しかった。
「桜庭六花。」
「お主自身じゃ。」
その言葉を聞いた瞬間。
六花の目から、一筋の涙が零れ落ちた。
「……よかった。」
ぽつりと呟く。
「正直ね。」
「桜さんの代わりだったらどうしようって思っちゃった。」
「みんなが優しいのも。」
「桜さんに似てるからだけなのかなって。」
鳳凰は少しだけ困ったように笑った。
「馬鹿者。」
「そんな理由で、ここまで一緒におるものか。」
霊亀も穏やかに頷く。
「六花だからじゃ。」
麒麟が笑う。
「我らは、お主と出会えて幸せじゃ。」
応龍も静かに頷いた。
「もう家族だからな。」
その言葉に。
六花は堪えきれず涙を流した。
嬉しかった。
ずっとどこかで、自分は一人なのだと思っていた。
視える力も。
祓う力も。
誰にも理解されない。
そう思っていた。
けれど違った。
今は帰る場所がある。
「……ありがとう。」
涙を拭きながら笑う。
その笑顔を見た四霊達も、自然と笑みを浮かべていた。
ただ一つだけ。
誰も口にしないことがあった。
桜の最期。
桜が辿った運命。
そして。
天王寺という一人の男の存在。
それはまだ。
六花に話すには、あまりにも重すぎる過去だった。




