白虎 六花の観察
その日も奏多は仕事帰りだった。
⸻
スーツのネクタイを緩めながら歩く。
⸻
「疲れた……」
⸻
そう呟くが、本気ではない。
仕事は嫌いではない。
むしろ得意だ。
⸻
だが退屈だった。
⸻
何もかもが。
⸻
人も。
仕事も。
会話も。
⸻
だからこそ。
⸻
最近気になっている存在がいた。
⸻
桜庭六花。
⸻
四霊を従える少女。
⸻
その噂が本当か確かめるため。
⸻
奏多は居酒屋の暖簾をくぐった。
⸻
「いらっしゃいませ!」
⸻
聞き覚えのある声。
⸻
六花だった。
⸻
笑顔。
⸻
自然な笑顔。
⸻
作ったものではない。
⸻
奏多はそれが妙に気になった。
⸻
(相変わらずだな)
⸻
自分が客だから笑う。
⸻
そういう人間なら理解できる。
⸻
だが六花は違う。
⸻
誰に対しても同じなのだ。
⸻
常連にも。
⸻
一見にも。
⸻
若者にも。
⸻
老人にも。
⸻
同じように接している。
⸻
そこに打算が見えない。
⸻
だから理解できない。
⸻
その時だった。
⸻
酔った客が店員へ怒鳴り始めた。
⸻
「注文まだかよ!」
⸻
店内の空気が凍る。
⸻
新人スタッフが困った顔をしている。
⸻
奏多は面倒そうに視線を向けた。
⸻
(始まった)
⸻
こういう人間は嫌いだった。
⸻
だが。
⸻
もっと嫌いなのは。
⸻
媚びて謝る人間だった。
⸻
すると。
⸻
六花が前へ出た。
⸻
「申し訳ありません」
⸻
頭を下げる。
⸻
しかし必要以上に怯えない。
⸻
媚びない。
⸻
「確認してまいりますね」
⸻
穏やかな声。
⸻
客の怒りも少しずつ収まっていく。
⸻
数分後。
⸻
料理が届いた。
⸻
「待たせてごめんなさい」
⸻
六花はそう言って笑う。
⸻
客は少し気まずそうに頷いた。
⸻
それで終わった。
⸻
騒動は終息した。
⸻
奏多は腕を組む。
⸻
理解できない。
⸻
なぜ怒らない。
⸻
なぜ嫌な顔をしない。
⸻
(演技か?)
⸻
だが違う。
⸻
悪意がない。
⸻
本当にない。
⸻
それが不気味だった。
⸻
(何なんだよ)
⸻
気になって仕方がなかった。
⸻
閉店後。
⸻
奏多は距離を取って六花を追う。
⸻
尾行。
⸻
本来なら趣味ではない。
⸻
だが。
⸻
気になった。
⸻
知りたかった。
⸻
六花は夜道を歩く。
⸻
途中で立ち止まった。
⸻
近くの公園。
⸻
人気はない。
⸻
すると。
⸻
木の上から声がした。
⸻
「遅かったの」
⸻
奏多の瞳が細くなる。
⸻
次の瞬間。
⸻
銀色のたてがみを持つ小さな獣。
⸻
麒麟。
⸻
そして。
⸻
遊具の上から翼を広げた小さな龍。
⸻
応龍。
⸻
本物だった。
⸻
奏多は息を呑む。
⸻
だが。
⸻
もっと驚いたのは。
⸻
六花だった。
⸻
「今日は麒麟さんと龍さんのお迎え?」
⸻
満面の笑み。
⸻
「嬉しい!」
⸻
麒麟さん。
⸻
龍さん。
⸻
神獣に向ける呼び方ではない。
⸻
家族への呼び方だった。
⸻
応龍が少しだけ目を逸らす。
⸻
「たまたまだ」
⸻
「ふふっ」
⸻
六花が笑う。
⸻
麒麟も優しく目を細める。
⸻
その空気を見て。
⸻
奏多は思った。
⸻
(おかしい)
⸻
神獣が従っているわけじゃない。
⸻
支配しているわけでもない。
⸻
利用しているわけでもない。
⸻
もっと対等だった。
⸻
だからこそ。
⸻
興味が深くなる。
⸻
気付けば。
⸻
奏多は笑っていた。
⸻
「面白いな」
⸻
初めてだった。
⸻
四霊よりも。
⸻
六花自身が気になったのは。




