小さな神様
小さな鳳凰
アパートに帰ると、まず最初にしたのは小鳥のための寝床作りだった。
といっても、大したものじゃない。
使わなくなったタオルを小さな箱に敷いて、簡易的な巣を作っただけだ。
「ごめんね。鳥さんのお世話なんてしたことなくて」
小鳥は弱々しく目を開ける。
私は水を少しずつ与えながら様子を見る。
神様や妖怪は見えても、世話の仕方までは分からない。
それでも放っておくよりはずっといい。
そんな思いで数日が過ぎた。
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大学。
バイト。
帰宅。
看病。
そんな生活が続く。
気付けば、小鳥は少しずつ元気になっていた。
最初はほとんど動かなかった羽も動くようになり、部屋の中をぴょんぴょん跳ね回るようになった。
鳴き声も出る。
「ぴぃ!」
「ふふ、元気になったね」
私が笑うと、小鳥はなぜか得意げに胸を張る。
小さい。
すごく小さい。
でも可愛い。
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その日も大学から帰ると、小鳥は机の上で羽繕いをしていた。
「ただいまー」
「ぴ」
「今日ね、レポート提出だったんだけど」
荷物を置きながら話しかける。
もちろん返事はない。
いつものことだ。
けれど。
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「それは大変だったな」
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「そうなの。教授がさ――」
そこまで言って止まった。
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「……え?」
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沈黙。
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「え?」
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小鳥がこちらを見る。
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「なんだ」
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「えぇぇぇぇぇぇぇ!?」
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思わず立ち上がる。
椅子が倒れた。
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「しゃ、しゃべった!?」
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「しゃべるが?」
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「鳥が!?」
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「鳥ではない」
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「鳥だよ!?」
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「違う」
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小鳥は不満そうに羽を膨らませた。
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私はしばらく固まった。
神様も妖怪も見てきた。
話したことだってある。
でも。
まさか家で看病していた小鳥が話し出すとは思わない。
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「助かった。六花」
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小鳥は静かに言った。
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「六花のおかげで力を取り戻せた」
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私はゆっくり座り直す。
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「鳥さん……?」
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「だから鳥ではない」
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「じゃあ何?」
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小鳥は胸を張った。
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「我は四霊が一柱――鳳凰」
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「……ほうおう?」
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「うむ」
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「神話とかに出てくる?」
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「出てくる」
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「へぇ」
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鳳凰は少し驚いた顔をした。
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「それだけか?」
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「だって鳳凰なんでしょ?」
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「そうだ」
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「なら良かった」
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「何がだ」
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六花は心から安心したように笑った。
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「悪い霊だったらどうしようかと思った」
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「……」
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鳳凰は呆れた。
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「のんきなやつだ」
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「そうかな?」
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「普通はもっと警戒する」
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「だって弱ってたし」
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「……」
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鳳凰は初めて理解した。
この娘は特別なのだと。
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力があるからではない。
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見返りを求めないから。
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「そち」
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「うん?」
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「普段からそのように憑かれやすいのか?」
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六花は首を傾げる。
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「憑かれやすい?」
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「疲れているだろう」
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「え?」
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「肩」
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鳳凰が翼を向ける。
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六花の肩。
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そこには。
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小さな黒い影が二つほど張り付いていた。
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「うわっ!?」
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初めて気付いた。
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「何これ!?」
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「邪気だ」
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「えぇ……」
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「しかもかなり慣れているな」
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「そうなの?」
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「普通なら寝込む」
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六花は少し考えた。
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「昔から疲れやすいのはそのせい?」
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「おそらくな」
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「まじか……」
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人生二十年目にして衝撃の事実だった。
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鳳凰は大きくため息を吐く。
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「助けてもらった礼だ」
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「?」
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「対処法を教えてやろう」
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「対処法?」
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「力を閉じる方法だ」
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六花は目を丸くした。
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「そんなのあるの?」
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「ある」
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「もっと早く知りたかった!」
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本気だった。
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それから毎晩。
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鳳凰先生による特別授業が始まった。
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呼吸法。
結界。
邪気の払い方。
神域への入り方。
力の流し方。
見えるものとの距離の取り方。
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最初は失敗ばかりだった。
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「集中しろ」
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「無理」
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「無理ではない」
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「眠い」
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「寝るな」
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「鳳ちゃん厳しい」
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「鳳ちゃん?」
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「鳳凰だと長いし」
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「……」
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「駄目?」
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鳳凰は少しだけ黙った。
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長い年月。
人間から恐れられたことはある。
崇められたこともある。
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だが。
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こんな風に呼ばれたことはなかった。
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「好きに呼べ」
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「じゃあ鳳ちゃんね」
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「うむ」
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その日から。
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六花にとって鳳凰は。
神様でも神獣でもなく。
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少し口うるさくて。
少し偉そうで。
でも優しい。
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大切な家族になっていった。
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そして鳳凰はまだ知らない。
自分が回復したことで、
長い眠りについていた他の三柱――
霊亀、麒麟、応龍もまた、
六花という少女の存在に気付き始めていることを。




