心配性な鳳凰 霊亀
玲弥と智樹の存在に気付いてから数日。
鳳凰と霊亀は、どうにも落ち着かなかった。
六花はいつも通りだった。
大学へ行き、友人と笑い、講義を受け、バイトへ向かう。
何も変わらないように見える。
だが、変わったのは周囲の方だった。
四神の後継者達が動き始めている。
その事実を知っているのは、今のところ四霊だけ。
だからこそ、不安は消えなかった。
その日の放課後。
大学裏の木陰にあるベンチで、六花はひと息ついていた。
「ふぅー」
疲れたように伸びをした、その時だった。
木の上から鳳ちゃんが、草むらから亀さんが、いつものように姿を見せる。
「お疲れじゃな」
「お疲れ様」
六花は自然に笑った。
家族に向けるような、やわらかな笑顔だった。
それを見て、鳳凰は少しだけ言葉を選ぶ。
「六花」
「ん?」
「少し話がある」
いつもより真面目な声に、六花はすぐ姿勢を正した。
霊亀も同じく、珍しく真剣な顔をしている。
何かある。
そう察して、六花は黙って二柱を見た。
「最近」
鳳凰が切り出す。
「お主の周囲にいる二人の男に気付いておるか」
六花は少し考え、それからすぐに思い当たった。
「あー。玲弥さんと智樹さん?」
鳳凰と霊亀が顔を見合わせる。
名前まで把握していた。
六花は人の名前を覚えるのが得意だ。だから驚くことではないのだが、それでも二柱は少しだけ息を呑んだ。
「知り合い?」
「まだそこまでじゃないかな。でも、よく見かける」
「そうか」
鳳凰はわずかに眉を寄せた。
六花は鈍くない。気付いている。
ただ、深く踏み込んでいないだけだ。
霊亀が静かに口を開く。
「六花。その二人には気を付けるのじゃ」
「え?」
六花が首を傾げる。
怒りではない。純粋な疑問だった。
「理由は?」
鳳凰と霊亀は一瞬、言葉を失った。
どこまで話すべきか。
迷いはあった。だが、何も言わずに遠ざけるだけでは、六花は納得しない。
鳳凰は小さく息を吐く。
「右手首を見るのだ」
「右手首?」
「そうじゃ」
霊亀が頷く。
「もし見える機会があれば、よく見なさい」
六花は真面目に聞いていた。
「そこに何があるの?」
「紋章じゃ」
鳳凰が答える。
「紋章?」
「青龍、白虎、玄武、朱雀。それぞれを表す紋章じゃ」
六花は少し驚いたように目を瞬かせた。
「神様の?」
「守護神の証じゃな」
霊亀が続ける。
「普通の人間には見えぬ。だが、六花なら見える」
六花は静かに頷いた。
そして、ひとつの答えに辿り着く。
「つまり、その二人も?」
「そうじゃ」
鳳凰が答えた。
「四神の後継者」
その言葉に、六花はわずかに目を見開く。
けれど、驚きはしたものの、取り乱しはしなかった。
「そっか」
それだけだった。
鳳凰は少し拍子抜けする。
もっと動揺すると思っていたのだ。
「怖くないのか」
六花は少し考え、それから苦笑した。
「怖いっていうか……理由が分かったかな」
「理由?」
「なんか、視線感じてたし」
鳳凰と霊亀が固まる。
気付いていた。
やはり、六花は鈍感ではない。むしろ鋭い。
ただ、必要以上に騒がないだけだ。
霊亀が少し心配そうに言う。
「六花。近付いてくる理由がある」
「うん」
「ただ、今は詳しく話せぬ」
「うん」
「だから」
鳳凰が続ける。
「警戒しろ」
「深入りするな」
「利用されるかもしれぬ」
六花は二柱を見た。
その顔は、心配でたまらない顔だった。
まるで、娘を案じる親のように。あるいは、守るべき家族を前にしたように。
六花は少しだけ笑う。
「分かってるよ」
鳳凰と霊亀が同時に目を向ける。
六花は続けた。
「心までは開かないから」
その言葉に、二柱は目を瞬いた。
六花は照れくさそうに頭を掻く。
「私だって馬鹿じゃないよ? 人ならざるものが見える人生だよ? それなりに色々あったし、護身術くらい身についてる」
軽く言っているようで、その言葉には確かな重みがあった。
幼い頃、信じてもらえなかった。
変な子だと言われたこともある。
怖い思いもした。騙されそうになったことも、利用されそうになったこともある。
それでも六花は、優しさを捨てなかった。
だからこそ、人を見る目だけは育ったのだ。
「ちゃんと見極めるよ」
その一言に、鳳凰はふっと笑い、霊亀も苦笑した。
心配が消えたわけではない。むしろ増えたかもしれない。
だが、目の前の少女は、自分達が思うよりずっと強い。
それもまた、揺るがない事実だった。
「……成長したの」
霊亀が呟く。
「誰のおかげだと思ってるの?」
六花が胸を張る。
「我じゃな」
鳳凰が言う。
「我じゃ」
霊亀も続ける。
「二人ともだよ」
六花が笑う。
その笑顔につられて、鳳凰も霊亀も、少しだけ表情を緩めた。
しかし、その日の夕方。
少し離れた場所で、玲弥と智樹はそれぞれ考えていた。
六花の傍にいた神獣達。
鳳凰と霊亀。
本物だった。
そして、二柱がこちらの存在に気付いていたことも、間違いない。
玲弥は静かに思う。
(警戒されているな)
智樹も同じ結論に至る。
(当然だ)
だが、それでも二人はまだ知らなかった。
六花本人もまた、想像以上に警戒心を持っていることを。




