表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
3/4

EP 3

お読みいただきありがとうございます!


評価・ブックマークで応援いただけると励みになります。

ポポロ村の西側検問所。

そこは普段、村に出入りする商人たちがのどかに世間話をしていく平和なゲートだ。

だが今夜は、たいまつが赤々と焚かれ、鉄と油のひりつくような匂いが立ち込めていた。

「おい、さっさと開けろ! 帝国の命令が聞こえないのか!」

ルナミス帝国の軍服に身を包んだ一人の小役人が、唾を飛ばしながら喚き散らしている。

彼の背後には、魔導ライフルを構えた帝国兵が一個小隊――およそ三十人ほど――ズラリと整列し、威圧的なプレッシャーを放っていた。

対するポポロ村の防衛陣は、検問所の柵の向こう側でピリピリとした殺気を漲らせている。

紅蓮のクリムゾンアーマーを纏った美しき賞金稼ぎ、ダイヤ・カギタ。

彼女の腰には鈍く光る天魔竜聖剣が帯びられ、その手はいつでも魔導サブマシンガンを抜ける位置にあった。

その隣では、竜人族のイグニス・ドラグーンが、身の丈ほどもある巨大な両手斧を肩に担ぎ、口からチロチロと火の粉を漏らしている。

「てめぇら……大国の横暴がこんな辺境の村にまで通用すると思ってんのか。その面ごと叩き割ってやる」

イグニスの低い唸り声に、ダイヤも鋭い視線で同調する。

彼女は極度の貧乏だが、正義感だけは人一倍強いのだ。

一触即発。

あと数秒で、血で血を洗う武力衝突が避けられない。

そんな極限状態の空気の中を、俺は悠然と歩み出た。

「おやめなさい、ダイヤさん、イグニスさん。お客様に対して、ひどく物騒なおもてなしだ」

俺の落ち着き払った声に、自警団の二人がハッと振り返る。

俺は二人の肩を軽く叩いて後ろに下がらせると、柵越しに帝国の小役人と対峙した。

そして、彼らが気味悪がるほど深々と、慇懃無礼な一礼をして見せた。

「ルナミス帝国の皆様、夜分遅くに遠路はるばるご苦労様です。私はゴルド商会より派遣されました、この村の専属調停役、力武と申します」

小役人は俺の胸で光るシルバーランクのバッジを一瞥すると、鼻で嘲笑った。

「ふん、ゴルド商会の犬か。ちょうどいい、話が早い。……オルウェル内務卿からの直々の通達だ」

小役人は丸まった羊皮紙を俺の顔に突きつけるように広げた。

「特産品である『ポポロ煙草』の今月分の生産ロット、その全量を我が帝国軍が接収する! さらに追加関税として、金貨五百枚をただちに納めよ。これは国家の正当な権利である!」

無茶苦茶な要求だった。

永世中立特区であるこの村に対し、強引な難癖をつけて特産品を巻き上げ、経済的に干上がらせようとするオルウェル内務官の露骨な嫌がらせだ。

ダイヤが後ろで「ふざけるな!」と叫ぶのを手で制し、俺は困ったような、いかにも弱々しい商人の笑みを浮かべた。

「なるほど。帝国軍の威信をかけたご要求、しかと承りました。……抵抗など、とんでもない。私たちのような小さな村が、偉大なる帝国に逆らえるはずもありませんからね」

俺の言葉に、小役人の顔に下劣な優越感が広がる。

「話のわかる奴で助かる」と、彼は勝ち誇ったように肩をすくめた。

大国の権力を笠に着て、弱者を踏みにじる。その典型的な小物ムーブに、俺は内心で冷たい笑いをこぼした。

「要求はすべて呑みましょう。ポポロ煙草の在庫も、すぐにお持ちします。……ただ、我々も商売人ですので、本国の上層部に提出するための『引き渡し合意書』だけ、形式的にサインをいただきたいのですが」

俺はアタッシュケースを開き、一枚の書類と魔導ペンを取り出した。

「面倒な手続きだ」と舌打ちしながらも、小役人は俺からペンをひったくった。

彼にとって、目の前にいるのは「怯えて服従したただの商人」に過ぎない。

書類の中身など、ろくに確認する気もないのだろう。

俺は言葉巧みに、しかしハッキリと、その「契約」の核心部分を口にした。

「大した内容ではありません。引き渡しの品目と……ああ、そうだ。荷物の積み込み作業はすべて村の者が行います。帝国軍の皆様はお疲れでしょうから、どうか『村の敷地内には一歩も入らず』、この検問所の外でお待ちください、という些細な条項が入っているだけです」

「ふん、勝手にしろ。早く品物を持ってこい」

小役人は書類の末尾に、乱暴な筆跡で自身のサインを書き殴った。

バサッと書類を突き返される。

俺はそれを受け取り、インクの乾き具合と、契約の成立を完璧に確認した。

「……確かに。ご署名、ありがとうございます」

俺は口元を緩めた。

ビジネスにおいて、最も愚かな行為は何か。

それは「自分が絶対的な強者であると錯覚し、契約書の細部リーガルチェックを怠ること」だ。

書類が俺の手に渡った直後、小役人は俺を突き飛ばすようにして前に出た。

「おい、お前ら! こんなトロい村人に任せていられるか! さっさと倉庫に踏み込んで、金目のものと煙草を全部荷馬車に積め!」

小役人の号令に合わせ、三十人の帝国兵たちが一斉に軍靴を鳴らし、検問所の柵を越えて村の敷地内へと足を踏み入れた。

その瞬間。

俺は懐から取り出しておいた『珈琲キャンディ』を口に放り込み、奥歯で勢いよく噛み砕いた。

ガリッ!!!

静かな夜の空気に、甘い飴が砕ける音が異様に響き渡った。

「――【義契取引】、執行条件クリア」

俺の呟きと同時だった。

村の敷地に足を踏み入れた小役人と、三十人の帝国兵たちの身体が、まるで不可視の巨大な鎖で縛り上げられたかのように、ピタリと静止した。

「……なっ!? ぐ、あ……っ!?」

小役人の喉から、カエルが潰れたような声が漏れる。

一歩を踏み出した姿勢のまま、まばたき一つすることすらできない。

魔導ライフルを構えていた兵士たちも同様だ。指一本、ピクリとも動かせず、ただ目玉だけが驚愕と恐怖に見開かれている。

「な、何をした……!? 貴様、どんな魔法を……!」

動かせる口先だけで、小役人が震える声を絞り出す。

俺は、サインされたばかりの合意書を彼らの目の前でヒラヒラと揺らした。

「魔法ではありませんよ。ただの『コンプライアンス(法令遵守)』です」

俺は冷徹な商社マンの声音で、事実だけを突きつける。

「あなた方は先ほど、私と合意したはずです。『村の敷地内には一歩も入らない』と。そして今、自らの意思でその契約を破った。……私のユニークスキルは、契約違反者に対し、その契約の重要度に応じたペナルティを絶対的な神の理として強制執行します」

彼らが結んだのは、大国間の国境をも揺るがす「特産品の引き渡し」という重い取引だ。

その違反ペナルティは、決して軽くはない。

「少なくとも一週間。あなた方はその姿勢のまま、食事も睡眠もとれず、ただ立ち尽くすことになります」

「ひっ……!?」

絶望に顔を歪める小役人。

しかし、彼らにとっての本当の地獄は、まだ始まってすらいなかった。

「あーあ。義正さんが止めるから我慢してたのに、約束を破って村に入ってきちゃったんですね」

夜闇に溶け込むような、甘く、鈴を転がすような少女の声が響いた。

村長宅の方からゆっくりと歩いてきたのは、純白のウサギの耳を揺らす美少女、キャルルだ。

彼女の顔には、この世のものとは思えないほど愛らしい、完璧な天使の笑みが浮かんでいた。

しかし、その瞳の奥には、村を脅かす外敵への絶対的な『殺意』が、ドス黒く渦巻いている。

「村の皆を脅かす悪い人には……お仕置きが必要です♡」

ドンッ!!!

キャルルが地面を蹴った瞬間、空気が爆発したような轟音が鳴り響いた。

マッハを超える初速。

常人の動体視力では、彼女の姿を捉えることすら不可能だ。

彼女の足元で鈍く光るのは、タローマンで特注した『ミスリル芯入り安全靴』。

その硬度と質量が、月兎族の規格外の脚力によって弾き出される。

「月影流――『乱れ鐘打ち』!」

キャルルの身体が空中でコマのように回転し、凄まじい遠心力を伴った回し蹴りが、先頭にいた兵士の顎を正確に打ち抜いた。

メキョッ! という、人間の骨が砕ける生々しい音が響く。

「ごふっ……!?」

通常であれば、その衝撃で兵士の身体は数十メートルは吹き飛んでいるはずだ。

だが、彼らは俺の【義契取引】によって、その場に「硬直」させられている。

吹き飛んで衝撃を逃がすことすら許されず、キャルルの蹴りの威力を、顎と脳髄で100パーセント受け止めるしかないのだ。

「あはっ! 動かない的って蹴りやすいですね♡ 次ぃ!」

タン、タン、タンッ! と、軽やかなステップを踏むキャルル。

しかし、そこから繰り出されるのは重戦車に轢かれるような破壊力の蹴りだ。

兵士たちの鳩尾に、顔面に、膝に、容赦のないヤキ(物理)が叩き込まれていく。

硬直したまま、苦痛に顔を歪め、口から泡と血を吹いていく帝国兵たち。

ものの十秒で、三十人の小隊は全員が全身の骨を砕かれ、瀕死の重傷を負って白目を剥いていた。

「ひぃぃぃッ! や、やめろォ! 悪かった、俺たちが悪かったァ!!」

最後に残された小役人が、涙と鼻水を撒き散らしながら命乞いをする。

だが、キャルルは血濡れの安全靴を鳴らしながら、小首を傾げた。

「えー? まだまだお仕置きは足りませんよ? ……でも、このままじゃ死んじゃいますね」

彼女は両手を合わせ、祈るようなポーズをとった。

月兎族の真骨頂である、神聖魔法をも凌駕する癒やしの光。

「大丈夫です。私が治してあげますから♡ ――『エクストラ・ヒール』!」

キャルルの全身から眩い光が放たれ、瀕死の兵士たちを包み込む。

バキバキに砕けていた顎の骨が繋がり、内臓の破裂が修復され、一瞬にして彼らは「完全な健康体」へと引き戻された。

「あ、あれ……? 痛く、ない……?」

回復した兵士たちが、信じられないというように目を見開く。

だが、彼らの身体は依然として、俺のスキルによって硬直したままだ。

キャルルは、ニッコリと最高に愛らしい笑顔を浮かべた。

「はい、全回復しましたね♡ これで――」

特注の安全靴が、再び凶悪な闘気を纏う。

「もう一度、思いっきり殴れますね♡」

「「「――ッッッ!?!?」」」

兵士たちの顔が、真の絶望に染まった。

そこから先は、凄惨すぎて言葉にするのも憚られる光景だった。

砕いては治し、治しては砕く。

肉体は新品になっても、激痛の記憶と恐怖は精神に確実に蓄積されていく。

逃げることも、気絶することすら許されない、無間地獄。

「……やりすぎじゃないか?」とドン引きしているダイヤとイグニスを横目に、俺は冷めたコーヒーをすすった。

コンプライアンス的にどうなのかと思う暴力だが、彼女の「村を守りたい」という無償の愛の裏返しだと思えば、口出しする気にはなれない。

それに、敵に一切の同情は湧かなかった。

数分後。

完全に精神が崩壊し、涎を垂らして「お許しください、お許しください……」と譫言を繰り返すだけの肉の塊と化した兵士たち。

俺は頃合いを見て、指を鳴らした。

「――【契約解除】」

俺がスキルの効果を解いた瞬間、小役人と兵士たちは糸の切れた操り人形のようにその場に崩れ落ちた。

全身の震えが止まらず、恐怖で失禁している者もいる。

「要求通り、煙草の在庫は持っていきますか?」

俺が冷酷な声で見下ろすと、小役人は「ひぃぃっ!」と悲鳴を上げ、這いつくばるようにして逃げ出した。

兵士たちも、武器を投げ捨て、転がるようにして暗闇の彼方へと消えていく。

「ふふふ……あー、スッキリしました!」

返り血一つ浴びていないキャルルが、満足げに伸びをする。

その足元では、いつの間にか現れた人魚の少女・リーザが、這いつくばって地面をあさっていた。

「チャリーン! チャリーン! 帝国兵たちが落としていった小銭、全部回収しましたのぉ! これで明日はタローマンで特売の卵が買えますのぉ!」

……相変わらず、強欲で逞しいアイドルだ。

俺は乱れたスーツの袖を正し、一つ息を吐いた。

武力と契約。

この二つが完璧に噛み合った時、大国だろうが神だろうが、誰も俺たちに手出しはできなくなる。

「お疲れ様です、義正さん! やっぱり義正さんは凄いです! 私、もっともっとあなたのことが好きになっちゃいました♡」

キャルルが満面の笑みで、再び俺に抱きついてくる。

今度は安全靴の軌道をしっかり読んで回避しつつ、俺は彼女の頭を軽く撫でた。

「私も、あなたの圧倒的な『交渉術(物理)』には感服しましたよ、村長」

「えへへ♡」

冷徹なルールの支配と、理不尽なまでの暴力。

俺とキャルルの、最恐にして最悪のタッグが成立した瞬間だった。

このカオスで美味い、ポポロ村の最高の日常を守るためなら――俺は喜んで、世界をハメる悪徳商人にでもなってやろう。

俺は新しい珈琲キャンディの包み紙を開けながら、月明かりに照らされた村の景色を見渡した。

異世界でのスローライフ防衛戦は、まだ始まったばかりだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ