EP 2
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馬車に揺られること数日。
眼前に広がるのは、豊かな緑と広大な畑、そしてのどかに草を食む『ロックバイソン』や『シープピッグ』の群れ。
絵に描いたような、美しいファンタジーの農村風景だった。
「ここが、三大国が手出しできない絶対中立特区……『ポポロ村』か」
俺は馬車を降り、スーツの埃を手で払うと、村のメインストリートへと足を踏み入れた。
ゴルド商会の上層部からは「あの村は特殊だ。君の『契約スキル』で、村の特産品の独占流通権をガッチリ固めてきてくれ」と言われている。
どれほど狡猾な村長が待ち構えているのかと、俺はネクタイを締め直し、気を引き締めた。
「ギャァァァーーーッ!!」
突如、鼓膜を破らんばかりの絶叫が村中に響き渡った。
俺がビクッと肩をすくめた直後、目の前の畑から「何か」が時速40キロほどの猛スピードで飛び出してきた。
「待てェ! 今日の夕飯のシチューの具材ィィィ!」
鍬を持った農家のおじさんが、凄まじい脚力(軽く100馬力はありそうだ)でそれを追いかけていく。
逃げているのは……短い根っこを足のようにバタバタと動かして走る、巨大なニンジンだった。
「……『人参マンドラ』か。事前資料で読んではいたが、実物はシュールすぎるな」
俺が呆気に取られていると、今度は広場の方から、何やら激しい議論の声が聞こえてきた。
「だから言ってるだろ! 昨日の太陽芋の先物取引のチャート見たか? あの相場で売りに出すなんて、脳みそがピラダイ(魚)以下だな! 需要と供給の限界費用曲線を説明してみろ!」
声の主は、顔が巨大な長ネギで出来た人型樹人……突然変異のポーン『ネギオ』だった。
彼は口にポポロシガーを咥えながら、黒板を叩いて農家のおじさんたちを激しく論破している。
おじさんたちは冷や汗を流しながら、必死に経済理論をメモしていた。
ブォォォォォォン!!
さらに、俺の横を土煙を上げて爆走していく一台の魔導トラクター。
運転席でハンドルを握っているのは、ルナミス帝国のホームセンター『タローマン』の作業服を着こなした、透き通るような肌の銀髪美女だ。
その荷台には、なぜか物騒な巨大斧と、伐採されたばかりの丸太が山積みになっている。
元魔皇国・氷魔将軍のスアイ。DIYと農業に目覚めた最強の女帝である。
「……情報より、はるかに狂っているな」
俺は無意識に眼鏡を押し上げ、深くため息をついた。
この村には、ファンタジーの常識も、スローライフの穏やかさも存在しない。
ただただ、規格外の「はみ出し者」たちが、己の欲望のままに全力で生きているカオスな空間だった。
***
気を取り直して、俺は村の最深部にある村長宅を訪れた。
木造の立派な屋敷の扉を開けると、そこにはまたしても予想外の光景が広がっていた。
「わぁ! あなたがゴルド商会から派遣されてきた、新しい専属調停役の力武義正さんですね! はじめまして!」
満面の笑みで出迎えてくれたのは、純白のウサギの耳と尻尾を生やした、銀髪の美少女だった。
ラフな現代風のパーカーにショートパンツ、そして足元にはなぜか、タローマン製のゴツい『特注安全靴(ミスリル芯入り)』を履いている。
「私がポポロ村の村長、キャルル・ムーンハートです! よろしくお願いしますね♡」
彼女は俺の手を両手でギュッと握りしめた。
……痛い。
見た目は可憐な少女なのに、握力が尋常ではない。万力で締め上げられているような錯覚を覚え、俺は冷や汗を流しながら営業スマイルを貼り付けた。
「お、お会いできて光栄です、キャルル村長」
キャルルの奥、リビングのテーブルでは、二人の少女がくつろいでいた。
「モグモグ……お、美味しいですのぉ……。このパンの耳、昨日のタローソンの廃棄弁当の唐揚げの油が染み込んでて、絶品ですのぉ……」
ボロボロの芋ジャージを着た、可愛らしい人魚姫の少女が、涙を流しながらパンの耳をかじっている。
「あらリーザちゃん、私の方のフルーツも食べます? さっきそこの庭の土を金塊に変えて、それを肥料に世界樹からパパイヤを生成したんですけれど……あ、金塊って食べられませんでしたっけ? うふふ」
フワフワのドレスを着たエルフの美女が、純度100%の巨大な金塊を文鎮代わりにしながら、ニコニコと微笑んでいる。
「……」
貧富の差と価値観の崩壊が、ひとつのテーブルの上で極限状態に達していた。
俺はそっと視線を戻し、キャルルに向き直った。
「ゴルド商会からの書状の通り、本日から私がこの村の外交、法務、および特産品の取引全般をサポートさせていただきます」
俺がアタッシュケースから分厚い契約書を取り出すと、キャルルは俺の手をさらに強く握りしめた。
ミシミシッと、俺の指の骨が軋む音がする。
「義正さん」
彼女の純粋な瞳が、まっすぐに俺を射抜いた。
「私、この村の平和を、村のみんなの笑顔を絶対に守りたいんです。大国の勝手な都合で、ここを戦場になんてさせない。だから……どうか、あなたの知恵を貸してください」
「……」
打算の欠片もない、まっすぐな願い。
しかし、その奥底に潜む「村を脅かす奴は絶対に許さない」という、底なしの暗い情念(ヤンデレの片鱗)を、商社マンの嗅覚が感じ取っていた。
俺は痛む右手をどうにか引き抜き、静かに頷いた。
「……承知しました。私のスキル【義契取引】にかけて、この村の利益と日常は、私が法的・経済的に死守しましょう」
「本当ですか!? わぁい、嬉しい! 義正さん、大好きですっ♡」
キャルルが満面の笑みで抱きついてくる。
柔らかい感触と良い匂いに一瞬ドキッとしたが、彼女の足元の特注安全靴が俺の革靴の先をかすめ、本能的な死の危険を感じて冷静さを取り戻した。
***
その夜。
俺の歓迎会として振る舞われたのは、この村が独自に開発したという自警団用戦闘糧食『PRO型』だった。
「さぁ、冷めないうちに食べてくださいね!」
キャルルが笑顔で差し出してきたのは、タローソンの魔導自己発熱容器で熱々に煮込まれた『極上・煮込みおでん』と、農家のおばちゃんたちが握ったふっくらとした『米麦草のおにぎり』。
そして、小さなグラスに注がれた透明な液体――ドワーフの天才発明家キュルリンが密造したという特級芋酒『イモッカ』の出汁割りだった。
「……いただきます」
俺は半信半疑でおでんの大根(月見大根)を口に運んだ。
――ッ!?
出汁だ。
シープピッグの濃厚な肉の旨味と、上品な昆布(?)の風味が、大根の芯まで完璧に染み込んでいる。
噛むたびにジュワッと溢れ出す極上のスープが、長旅で疲れた胃袋に優しく染み渡っていく。
そこにおにぎりを頬張り、イモッカの出汁割りを流し込む。
アルコールと出汁の相乗効果で、脳内麻薬がドバドバと分泌されるのがわかった。
「……美味い。なんだこれは」
「えへへ、美味しいでしょう? うちの村の自慢のレーションなんですよ」
キャルルが嬉しそうに微笑む。
ルナミス帝国軍が配給しているあの悪臭漂う『ゲロオムレツ』を思い出し、俺は戦慄した。
あの最悪の環境下で、この温かくて美味い「おふくろの味」を出されれば、どんな精鋭部隊でも一瞬で戦意を喪失し、「この村に住みたい」と泣き崩れるだろう。
これが【ポポロ沼】か。
なるほど、大国がこの村の特産品と利権を血眼になって狙うわけだ。
この食糧(兵站)の質は、戦争の勝敗を左右するレベルの戦略物資に他ならない。
「義正殿、お口に合いましたかな?」
声のした方を振り向くと、完璧にアイロンのかかった燕尾服を着こなした、長身の男が立っていた。
人狼族特有の銀色の髪と、鋭い眼光。
彼こそが、ポポロ村の宰相兼執事、リバロンだ。
「ええ、素晴らしい味です。リバロンさん」
「それは重畳。……しかし、少々不粋な報告をせねばなりません」
リバロンは、氷のように冷たい声で告げた。
「先ほど、村の西側検問所に、ルナミス帝国の徴税官が武装した兵士一個小隊を率いて押しかけてきました」
「徴税官だと?」
「ええ。不当な追加関税の支払いと、特産品である『ポポロ煙草』の全量強制接収を要求しています。……どうやら、新任の調停者の力量を試すための、オルウェル内務官の嫌がらせのようですな」
リバロンの報告に、宴会の空気が凍りつく。
キャルルの笑顔からスッと表情が消え、特注の安全靴で床を「トンッ」と軽く叩いた。
それだけで、床の分厚い木材がミシリと嫌な音を立ててひび割れる。
「……村のみんなが一生懸命育てた煙草を、力尽くで奪うなんて。許せません。私がちょっと、お話(物理)をしてきますね」
「待ちなさい、キャルル村長」
立ち上がろうとするキャルルを、俺は手で制した。
アタッシュケースを引き寄せ、スーツの襟を正す。
「武力行使は最終手段です。相手は正規軍の兵士を連れた大国の役人。こちらから手を出せば、口実を与えることになります」
「でも……!」
「心配はいりません。私が『お話』をしましょう。……法と契約に基づいた、極めて平和的な解決をね」
俺は胸ポケットから新しい『飴玉』を取り出し、ゆっくりと封を切った。
「さあ、初仕事の時間だ」
戦闘力ゼロの俺と、ヤンデレ物理村長。
ポポロ村の平和なスローライフを守るための、大国を巻き込んだカオスな防衛戦が、今始まろうとしていた。




