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第16話

◆ーーーー◆


王都の裏通りは、今日も朝から騒がしかった。


治療院の待合室には、様々な事情を抱えた患者たちが列を作っている。

迷宮の深層で毒を受けたという凄腕の冒険者。高熱を出してぐったりしている下町の子供。大聖堂の門前払いを受けた者たちが、藁にもすがる思いでこの場所を訪れていた。


「次の方、どうぞ」


セリアの凛とした声が響く。彼女はすっかり受付嬢の仕事板についており、高貴な身分特有の品の良さを残しつつも、手際よく患者を誘導していた。


俺は診察室の椅子に座り、運び込まれた冒険者の腕に手を当てる。

傷口から黒い瘴気が漏れ出していた。普通の治癒魔法で表面を塞いでも、すぐに腐り落ちるだろう。


目を閉じ、対象の生命力を感知する。

魔力を流し込み、患者自身の自然治癒力を極限まで引き上げる。毒を中和するのではなく、細胞そのものを活性化させて病魔を根絶する。


淡い光が収まると、冒険者の腕はすっかり元通りになっていた。


「嘘だろ……あんなに酷かったのに」

「安静にしてろよ。酒は三日控えること」


呆然とする冒険者を送り出し、俺は小さく息を吐いた。

これで四人目。

胸の奥で、魔力回路が微かに軋むような感覚がある。


「アレン、少し休憩を挟みますか?」


セリアが心配そうに覗き込んでくる。俺は首を横に振った。


「いや、このまま続ける。次で最後だ」


待合室の扉が開き、ダリウスが車椅子のような魔導具を押して入ってきた。

その上には、色素の薄い儚げな少女、エレナが座っている。


「先生、おはようございます」


エレナが控えめな声で挨拶をする。以前のような死を待つだけの暗い瞳ではない。確かな希望の光が宿っていた。


今日がいよいよ、彼女の治療の最終段階だ。


ダリウスは俺の顔を見るなり、硬い表情で口を開いた。


「先生……この前あんたたちの会話を聞いちまった後、トビーを問い詰めて詳しい事情を聞かせてもらった。あんた、自分の体を削ってまで……」


その言葉に、俺は眉をひそめた。あの薬草屋、余計なことを吹き込みやがって。


「大聖堂にいた頃、一人でも多く救おうとして無理を重ねた結果……魔力回路が壊れかけていると」


セリアも静かに言葉を継ぐ。彼女の瞳には、深い敬意と痛ましいものを見るような色が混ざっていた。

俺が一日に五人しか診られない理由。それは、高出力の治癒魔法を安全に放てる限界の回数だった。それ以上使えば、魔力回路が完全に焼き切れ、二度と魔法が使えなくなる。


「……知った風な口を利くな。俺が好きでやってることだ」


俺はわざとぶっきらぼうに返し、トビーが届けてくれた希少な薬草をすり鉢で潰し始めた。

青臭い匂いが診察室に広がる。これを補助に使えば、魔力回路への負担を少しは減らせるはずだ。


「先生」


ダリウスが深々と頭を下げた。筋骨隆々とした大男の肩が、微かに震えている。


「俺たち親子のために、そこまでしてくれて……本当に、何と礼を言えばいいか」

「礼なら、娘さんが元気になってから聞く。今は治療に集中させてくれ」


俺の言葉に、ダリウスは顔を上げ、力強く頷いた。

セリアもまた、祈るように両手を組んで見守っている。

いつの間にか、この小さな治療院は、ただの仕事場ではなくなっていた。彼らの温かい思いが、俺の居場所を確かなものにしてくれている。


「エレナ、少し熱くなるぞ」


俺は薬草のペーストをエレナの胸元に塗り、その上に両手をかざした。

意識を深く沈める。

彼女の身体の奥深くに巣食う、根深い病魔。これまで少しずつ削り取ってきたが、今日で完全に消し去る。


魔力を一気に引き上げる。

その瞬間、胸の奥でバチリと火花が散るような激痛が走った。

破損した魔力回路が悲鳴を上げている。限界に近い出力。額から冷や汗が噴き出し、視界が明滅する。


「アレン……!」


セリアの悲痛な声が聞こえたが、俺は構わず魔力を注ぎ込み続けた。

ここで手を止めれば、病魔は再び息を吹き返す。絶対に逃がさない。


「はぁっ……!」


眩い光が治療室を包み込んだ。

それは大聖堂のステンドグラスを通した光よりも純粋で、力強い輝きだった。


光が収まると、静寂が訪れた。


俺は荒い息を吐きながら、ゆっくりと手を離す。

エレナの顔色は、見違えるほど健康的な桜色に変わっていた。浅かった呼吸も、今は深く穏やかだ。


「エレナ……?」


ダリウスが恐る恐る声をかける。

エレナはゆっくりと目を開け、自分の両手を見つめた。それから、魔導具から足を下ろし、床にしっかりと立つ。


「お父さん……私、息が苦しくない。体が、すごく軽いよ」


その瞬間、ダリウスの目から大粒の涙が溢れ出した。

彼は娘を力強く抱きしめ、声を上げて泣き崩れた。エレナもまた、父親の背中に腕を回し、涙を流している。


「先生……! あんたは本当に娘を救ってくれた。前に誓った通り、俺はあんたの盾になる。いや、それだけじゃない。俺の伝手を総動員して、この治療院を守る自警団を立ち上げさせてもらう……!」


ダリウスの言葉に、俺は壁に手をつきながら、いつものように笑いかけた。


「大げさだな。……これで今日の仕事は終わりだ」


そう言った直後だった。

視界がぐらりと大きく揺れた。


床が急に傾いたような錯覚。足の力が抜け、身体が前のめりに倒れていく。


「アレン!」


セリアが慌てて駆け寄り、俺の身体を抱きとめた。

彼女の細い腕では支えきれず、二人して床に崩れ落ちる。


「しっかりしてください! アレン!」


耳元で叫ぶセリアの声が、ひどく遠く聞こえた。

胸の奥で、魔力回路が焼け焦げるような熱を放っている。

難病を根絶した代償は、想像以上に大きかったらしい。


薄れゆく意識の中で、俺はただ、静かな平穏が続くことだけを祈っていた。


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