嵐の中、船を漕ぐ者は誰か ending
『Rota, rota Fortunae.Nula prima, nula fina.Somnia nata venta fi.Dona viatora nova』
歌が聞こえる。
玉を転がすような、愛らしい歌声。
「……この歌って」
カレンデュラは病室を確認してから、ガラッと引き戸を開けた。
「お待ちしておりました」
空き部屋は、静寂に包まれていた。
そこには、見覚えのない少女が一人、佇んでいる。
「誰?」
透けるような白い肌に、銀糸のツインテール。そして、翡翠の瞳――。
「自己紹介が遅れました」
少女は、カレンデュラに一礼する。
その手には、体に不釣り合いなほど大きな天燐精霊器があった。
「……あの、その楽器って、もしかして」
「ふふふ、分かっていますよぉ、カレンデュラさぁん。リヒェから許可は取っていますので」
そう言うなり、少女は簡易椅子に座り直すと、慣れた手つきで天燐精霊器を爪弾き始めた。
その瞬間、カレンデュラの脳裏に、ある光景が浮かぶ。
少数民族。そして、彼らの住処である森が焼かれていく姿。大地を追われた彼らの多くは散り散りとなり、その中には奴隷として売られる者も少なくなかった。
神官の一族、その直系の末裔である少女。
内戦。離れ離れになる家族。実験体。
血。血。血――。
カレンデュラは、いつの間にか泣いていた。
「……ふふふ、見ちゃいましたぁ? ズィビーの過去」
「あなたは……」
少女は、ニコリと微笑む。
「姉が貴女さまに天燐精霊器を託した理由が、分かった気がします。マヤリカも、たまには仕事しますねぇ……ふふふ」
そう言うと、少女はまた初めから歌い始めた。
意識が、遠のいていく。
カレンデュラは空きベッドへ静かに倒れ込み、そのまま深い眠りへと落ちていった。




