嵐の中、船を漕ぐ者は誰か part.9
フェイルツィーオの顔が赤くなったかと思えば、次の瞬間には青ざめる。
忙しい奴だと思った。
「……何故、今まで黙ってた」
その声は、怒りを抑えるように震えていた。
「エフィム会長、貴方もです」
エフィムは、その剣幕に一瞬怯んだものの、なんとか踏みとどまる。
「あ……その、これには海よりも深い理由がありまして……」
「はて? どんな理由でしょう」
「そ、それは……その、ですね。えと」
「答えなくていいぞ、エフィム」
リヒェンツァは、二本目の煙草を咥えたまま、どこか遠くを見ている。
「リ、リヒェンツァ副会長〜……」
エフィムの情けない声が、屋上に木霊する。
「『イル・マット』の元構成員が二人も魔術師育成協会に在籍してるなんて、前代未聞の不祥事だ。しかも、その一人が副会長。これは、由々しき事態ですよ」
「確かに、そうですが……」
「逆に言えば、『イル・マット』の情報を持っているという、最大の利点がある」
フェイルツィーオの言わんとすることは、分かる。
『イル・マット』に――もっと言えば、ウィリディアスに近しい人物がこれほど集まっているという、この事実を魔術師育成協会側がどう捉えるか。
「『イル・マット』は、魔術師育成協会が総力を上げて、潰すべき敵です」
「それは、分かってるっつの」
「……貴様、本当に分かっているのか?」
すっと、フェイルツィーオの左目が細く、鋭くなる。
リヒェンツァは、口に咥えていた煙草を吐き捨てる。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「頭であるウィリディアスを仮に潰せたとして、その残党をどうする? 全国どころか、全世界に情報網を張り巡らす巨大組織だぞ。それこそ、虫百匹を潰すのとはワケが違う」
リヒェンツァの言葉は重い。
ウィリディアスに育てられた“娘”達は、魔術師育成協会の魔術師が束になっても敵わない。
「確かに、そうかもしれません」
リヒェンツァの言い草に、フェイルツィーオは腕を組んだまま壁に寄りかかり、静かに頷く。
「しかし、アジトの一つである『幻日の箱庭』を潰せたという、確かな実績がある」
風が吹いた。春先の冷たく乾いた風。
海流に乗って、潮の香りが運ばれてくる。
「それは……そうですが」
エフィムの歯切れは悪い。
「今まで実質、休戦状態だった『イル・マット』を、ついに敵に回したということですよ。あのヴォルーツォさんでも、ウィリディアスには太刀打ちできない……それほどの相手です」
エフィムは、フェイルツィーオの目を真っ直ぐに見た。
どこか達観したような、諦めているような、そんな瞳だった。
「……なるほど」
フェイルツィーオが、腕を組んだまま俯き、長い息を一つ吐いた。
「はいはい、話終わり。さっさと帰れよ、クソ野郎」
空気を変えようと、リヒェンツァがフェイルツィーオに、しっしと手を振ってみせる。
「なんだと、リヒェンツァ!! 帰れとは何事だ!! 貴様ら幹部が揃いも揃ってこんな体たらくだから、このボクがこんなにも骨を折って働いているというのに――!」
……また始まった。
エフィムが、こめかみを押さえた。
雲一つない空を、海鳥が一羽、過ぎ去っていった。




