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追憶の辺獄  作者: 香取 仙狐
第二章 幻日の箱庭
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嵐の中、船を漕ぐ者は誰か part.9

 フェイルツィーオの顔が赤くなったかと思えば、次の瞬間には青ざめる。

 忙しい奴だと思った。


「……何故、今まで黙ってた」


 その声は、怒りを抑えるように震えていた。


「エフィム会長、貴方もです」


 エフィムは、その剣幕に一瞬怯んだものの、なんとか踏みとどまる。


「あ……その、これには海よりも深い理由がありまして……」

「はて? どんな理由でしょう」

「そ、それは……その、ですね。えと」

「答えなくていいぞ、エフィム」


 リヒェンツァは、二本目の煙草を咥えたまま、どこか遠くを見ている。


「リ、リヒェンツァ副会長〜……」


 エフィムの情けない声が、屋上に木霊する。


「『イル・マット』の元構成員が二人も魔術師育成協会に在籍してるなんて、前代未聞の不祥事だ。しかも、その一人が副会長。これは、由々しき事態ですよ」

「確かに、そうですが……」

「逆に言えば、『イル・マット』の情報を持っているという、最大の利点がある」


 フェイルツィーオの言わんとすることは、分かる。


『イル・マット』に――もっと言えば、ウィリディアスに近しい人物がこれほど集まっているという、この事実を魔術師育成協会側がどう捉えるか。


「『イル・マット』は、魔術師育成協会が総力を上げて、潰すべき敵です」

「それは、分かってるっつの」

「……貴様、本当に分かっているのか?」


 すっと、フェイルツィーオの左目が細く、鋭くなる。

 リヒェンツァは、口に咥えていた煙草を吐き捨てる。


 そして、ゆっくりと口を開いた。


「頭であるウィリディアスを仮に潰せたとして、その残党をどうする? 全国どころか、全世界に情報網を張り巡らす巨大組織だぞ。それこそ、虫百匹を潰すのとはワケが違う」


 リヒェンツァの言葉は重い。


 ウィリディアスに育てられた“娘”達は、魔術師育成協会の魔術師が束になっても敵わない。


「確かに、そうかもしれません」


 リヒェンツァの言い草に、フェイルツィーオは腕を組んだまま壁に寄りかかり、静かに頷く。


「しかし、アジトの一つである『幻日の箱庭』を潰せたという、確かな実績がある」


 風が吹いた。春先の冷たく乾いた風。

 海流に乗って、潮の香りが運ばれてくる。


「それは……そうですが」


 エフィムの歯切れは悪い。


「今まで実質、休戦状態だった『イル・マット』を、ついに敵に回したということですよ。あのヴォルーツォさんでも、ウィリディアスには太刀打ちできない……それほどの相手です」


 エフィムは、フェイルツィーオの目を真っ直ぐに見た。

 どこか達観したような、諦めているような、そんな瞳だった。


「……なるほど」


 フェイルツィーオが、腕を組んだまま俯き、長い息を一つ吐いた。


「はいはい、話終わり。さっさと帰れよ、クソ野郎」


 空気を変えようと、リヒェンツァがフェイルツィーオに、しっしと手を振ってみせる。


「なんだと、リヒェンツァ!! 帰れとは何事だ!! 貴様ら幹部が揃いも揃ってこんな体たらくだから、このボクがこんなにも骨を折って働いているというのに――!」


 ……また始まった。

 エフィムが、こめかみを押さえた。


 雲一つない空を、海鳥が一羽、過ぎ去っていった。

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