↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追憶の辺獄  作者: 香取 仙狐
第二章 幻日の箱庭
79/93

ななしのジョン・ドゥ part.8

 静寂が広がっていた。

 何も見えず、何も聞こえない。――ここが、あの世というやつなのか。


 そんな思いが、静かに脳裏をよぎる。


「……ヴォルーツォさ、ん」


 だが。

 確かな重みを感じる。

 押し潰されるような重圧。

 何かが、自分の上に乗っている。


「ヴォルーツォさん」


 錘は答えなかった。

 鼻をつくのは、生焼けの酷い匂い。


 火傷で爛れた肌が、ひりひりと痛む。


「ヴォルーツォさん……!」


 何度目かの呼びかけで、ようやく――「エフィム、くん」


 それは、どこまでも優しい声だった。


「へぇ、あの一瞬の内に結界を張ったのかぁ……」


 あまりにも冷たい声が、降り注ぐ。


「まぁ、バライバの方は虫の息みたいだけど」


 エフィムが顔を上げる。

 そこにいたのは、ウィリディアス。

 悠然と、こちらを見下ろしていた。


「君は本当に運がいいよね。こうやって大好きな人に庇ってもらえるなんてさ」


 ウィリディアスは膝を折り、ヴォルーツォの黒く焦げた髪を掴む。


 だが――指に触れた髪は、炭となって、ぱらぱらと崩れ落ちた。


「ねぇ、どうしたい? ここで、三人まとめて埋葬してあげてもいいんだけど」


 その声に、悪意はない。

 ただただ、楽しそうだった。


「……い、やだ」


 エフィムが、か細い声で拒絶する。


「じゃあ、どうするの?」


 ウィリディアスは膝に腕をついて頬杖をつくと、小首を傾げ、にこりと微笑んだ。


「死ぬまで、その錘の下にいるつもり?」


 問いに、エフィムは答えない。


 その代わり――唇を噛み、震えながらも、睨み返した。


「ん〜、その目。いいねぇ。危機的な状況なのに、まだそんな目ができるんだ」


 ウィリディアスは、心底楽しそうに笑った。


「エフィムくんって、やっぱり可愛いね」

「貴様に、褒められても、嬉しく、ない」


 その言葉に、ウィリディアスは再び、くつくつと笑い声を上げた。


「その布団、退かしてあげてもいいんだよ? ほら、言いなよ。『ウィリディアスさま、助けてください』ってさ」

「……断る」

「んも〜、天邪鬼なんだからぁ♡」


 それでも、このままでは埒があかないのは確かだ。

 意識のないヴォルーツォの全体重が、エフィムの身体を押し潰すようにのしかかっている。

 このまま、こうしてヴォルーツォの下敷きになっていれば、いずれ圧死するか、あるいはウィリディアスに殺されるかの――どちらかだろう。


 ――だが、目の前の男に助けを求めるなど、エフィムの矜持が許さなかった。


「じゃあ、仕方ないね」


 朗々と歌い上げるように、ウィリディアスは立ち上がる。

 そして、両手を広げ、舞い踊った。


「せめて、彼らに相応しい罰を――♡」

「――ッ!」


 空間が歪む。世界が、捻じ曲がる。本能が、警鐘を鳴らす。


 だが、避けられない。逃げられない。


「いや――!!」


 誰の声だろう。

 絞り出した声は、ウィリディアスの詠唱によって掻き消されていった。


「――ヴォルーツォさん!」


 だが、その時。

 聞き慣れた――けれど、この場にはいるはずのない――声が、轟いた。


「おんや〜? 君は誰かなぁ?」


 それが、運命の分かれ道になるのだと知りながら。

 それでも、その存在は、まるで地獄に垂れ下がる蜘蛛の糸のように、救いに感じられた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。