↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追憶の辺獄  作者: 香取 仙狐
第二章 幻日の箱庭
77/93

ななしのジョン・ドゥ part.6

 ――ヴォルーツォ、お前を愛しています。

 誰よりも。どんなものよりも。


 片割れとして生まれ、共に育ち、苦楽を分かち合ってきた――最愛の存在。


 けれど、それと同時に――憎い。


 これほどまでに、誰かを憎んだことがあっただろうか。これほどまでに、誰かを殺したいと願ったことがあっただろうか。


 答えは、否。


 ウィリディアスの胸に渦巻くのは、長い年月を経ても消えることのなかった、過去の遺恨。

 愛しているからこそ――憎い。ただそれだけだ。


「――お兄ちゃん、今、楽にしてあげるからね♡」


 ヴォルーツォの息は、もう絶え絶えだった。

 小さな傷を刻まれるたび、魔力が削られていく。


 傷が塞がる間もなく、次の傷が刻まれる。


 それでも――「や、めろ」


 震える唇から、それでもヴォルーツォは言葉を絞り出した。


「えぇ〜? なぁにぃ? 聞こえなかったなぁ、お兄ちゃん?」

「こっちだよ、木偶の坊!!」


 バライバが指を鳴らす。


 次の瞬間。

 ヴォルーツォとウィリディアスの間を、鋭い雷撃が貫いた。


「おっとぉ?」


 ウィリディアスが、愉しそうに笑う。


「あは♡ バライバってば、偉くなっちゃって〜!」


 ステップを踏むように、後方へ飛び退く。

 その先へ――風の刃が飛来した。


「……っつ」


 避けきれず、浅く頬が裂ける。


「んもぉ、何するのさぁ、エフィムくん。痛いじゃな〜い」


 エフィムは答えない。

 ただ、ヴォルーツォの前へ立ちはだかる。


 そして、真っ直ぐにウィリディアスを指差した。


「――させない。ヴォルーツォさんを、これ以上傷つけさせない!!」


 真っ直ぐな眼差し。


「へぇ……かっこいいね、エフィムくん」


 ウィリディアスが、唇の端を吊り上げる。


「じゃあ――ここで、試してみる?」


 次の瞬間。

 ウィリディアスの姿が、掻き消えた。


「エフィム坊ちゃん!!」


 咄嗟に、バライバがエフィムの背中を押す。

 その肩口を、何かが掠めた。


「――っ!?」


 痛みはない。

 ただ、一瞬――空気ごと身体を引き裂かれたような錯覚だけが残った。


「あは♡」


 いつの間にか、ウィリディアスは再び距離を取っている。


「バライバ、お願いだ。早くエフィムくんを連れて逃げてくれ」


 ヴォルーツォはふらつく身体を起こし、エフィムの手を取った。


「ヴォルーツォさん!?」

「ボクが時間を稼ぐ。君は、エフィムくんを連れて撤退してくれ」


 そして、バライバへ視線を向ける。


「……分かったよ」

「理事長!!」


 エフィムの叫びと、鋭い風切り音が重なる。

 咄嗟にバライバがエフィムの身体を引き寄せ、地面へ伏せさせた。


「ちょっとちょっと〜! 置いていかないでよぉ! エフィムくぅん♡」


 ウィリディアスは両手を広げながら、こちらへ向かってくる。


 だが――その時だった。

 黒く澱んだ焔の勢いが、波が引いていくように、急速に収まっていく。


「……おやぁ?」


 まるで、もう争いは無意味だとでも言わんばかりに。

 焔が消え、世界が静寂を取り戻していく。


「今のうちに、早く……!」


 バライバがエフィムの腕を掴み、引きずるようにして立ち上がる。


 ウィリディアスは、惚けたような顔で遠くを見つめたまま、動かない。


「――ヴォルーツォさん!」


 その隙を、逃す手はなかった。

 バライバが走り出す。


 その後を追うように、エフィムもヴォルーツォの手を掴み、全力で駆け出した。


「逃がさないよ」


 ゾッとした。

 その声に、背筋が凍りつく。反射的に振り返った――その瞬間。


 視界が、青白い光に包まれた。


 そして。エフィムの意識は、真っ暗闇に沈んでいった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。