ななしのジョン・ドゥ part.6
――ヴォルーツォ、お前を愛しています。
誰よりも。どんなものよりも。
片割れとして生まれ、共に育ち、苦楽を分かち合ってきた――最愛の存在。
けれど、それと同時に――憎い。
これほどまでに、誰かを憎んだことがあっただろうか。これほどまでに、誰かを殺したいと願ったことがあっただろうか。
答えは、否。
ウィリディアスの胸に渦巻くのは、長い年月を経ても消えることのなかった、過去の遺恨。
愛しているからこそ――憎い。ただそれだけだ。
「――お兄ちゃん、今、楽にしてあげるからね♡」
ヴォルーツォの息は、もう絶え絶えだった。
小さな傷を刻まれるたび、魔力が削られていく。
傷が塞がる間もなく、次の傷が刻まれる。
それでも――「や、めろ」
震える唇から、それでもヴォルーツォは言葉を絞り出した。
「えぇ〜? なぁにぃ? 聞こえなかったなぁ、お兄ちゃん?」
「こっちだよ、木偶の坊!!」
バライバが指を鳴らす。
次の瞬間。
ヴォルーツォとウィリディアスの間を、鋭い雷撃が貫いた。
「おっとぉ?」
ウィリディアスが、愉しそうに笑う。
「あは♡ バライバってば、偉くなっちゃって〜!」
ステップを踏むように、後方へ飛び退く。
その先へ――風の刃が飛来した。
「……っつ」
避けきれず、浅く頬が裂ける。
「んもぉ、何するのさぁ、エフィムくん。痛いじゃな〜い」
エフィムは答えない。
ただ、ヴォルーツォの前へ立ちはだかる。
そして、真っ直ぐにウィリディアスを指差した。
「――させない。ヴォルーツォさんを、これ以上傷つけさせない!!」
真っ直ぐな眼差し。
「へぇ……かっこいいね、エフィムくん」
ウィリディアスが、唇の端を吊り上げる。
「じゃあ――ここで、試してみる?」
次の瞬間。
ウィリディアスの姿が、掻き消えた。
「エフィム坊ちゃん!!」
咄嗟に、バライバがエフィムの背中を押す。
その肩口を、何かが掠めた。
「――っ!?」
痛みはない。
ただ、一瞬――空気ごと身体を引き裂かれたような錯覚だけが残った。
「あは♡」
いつの間にか、ウィリディアスは再び距離を取っている。
「バライバ、お願いだ。早くエフィムくんを連れて逃げてくれ」
ヴォルーツォはふらつく身体を起こし、エフィムの手を取った。
「ヴォルーツォさん!?」
「ボクが時間を稼ぐ。君は、エフィムくんを連れて撤退してくれ」
そして、バライバへ視線を向ける。
「……分かったよ」
「理事長!!」
エフィムの叫びと、鋭い風切り音が重なる。
咄嗟にバライバがエフィムの身体を引き寄せ、地面へ伏せさせた。
「ちょっとちょっと〜! 置いていかないでよぉ! エフィムくぅん♡」
ウィリディアスは両手を広げながら、こちらへ向かってくる。
だが――その時だった。
黒く澱んだ焔の勢いが、波が引いていくように、急速に収まっていく。
「……おやぁ?」
まるで、もう争いは無意味だとでも言わんばかりに。
焔が消え、世界が静寂を取り戻していく。
「今のうちに、早く……!」
バライバがエフィムの腕を掴み、引きずるようにして立ち上がる。
ウィリディアスは、惚けたような顔で遠くを見つめたまま、動かない。
「――ヴォルーツォさん!」
その隙を、逃す手はなかった。
バライバが走り出す。
その後を追うように、エフィムもヴォルーツォの手を掴み、全力で駆け出した。
「逃がさないよ」
ゾッとした。
その声に、背筋が凍りつく。反射的に振り返った――その瞬間。
視界が、青白い光に包まれた。
そして。エフィムの意識は、真っ暗闇に沈んでいった。




