↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追憶の辺獄  作者: 香取 仙狐
第二章 幻日の箱庭
75/93

ななしのジョン・ドゥ part.3

 ヘルタは走った。


「――雪那!!」


 普段、碌な運動もしないせいで、肺が焼けるように痛い。

 けれど、それすら気にならないほど、頭の中は雪那のことでいっぱいだった。


 ――どうして。

 何故、雪那が自らの手で『幻日の箱庭』を破壊しているのか。そんな疑問が、何度も頭をよぎる。

 けれど、今は考えている場合ではない。


 搬入口は、もう目の前だった。

 そこから雪崩れ込む、どす黒い焔。

 すべてを等しく飲み込まんとするように、炎の舌が地を這い、壁を舐める。


「どうして……」


 ヘルタは地面を蹴った。

 その勢いのまま、搬入口へ飛び込む。


「――っつ!?」


 瞬間。

 視界が、一気に暗闇へ呑まれた。


 何も見えない。何も聞こえない。


 ただ、灼熱の中で、耳鳴りだけが頭の奥で響いている。

 その向こうから、轟々と何かが燃え、時折、何かが爆ぜる音が聞こえてくる。


「――雨よ、絶え間なく降り注ぎ、大地を満たせ!」


 ヘルタは魔術を発動させた。

 頭上から、無数の雨粒が降り注ぐ。


 少しでもいい。

 雪那の暴走を鎮めるために。


 けれど――「……消えない」


 雨は降り続いている。

 それでも、黒い焔は消えない。

 この強大な魔力の奔流の中では、まるで焼け石に水だった。


 ウィリディアスほどの魔力があるならともかく、錬金術師であるヘルタにできることには限界がある。


「そんな……」


 ヘルタは奥歯を噛み締めた。

 手詰まりだ。


「……どうなっている」


 その時だった。

 ヘルタの後方から、見知らぬスーツ姿の男が姿を現した。


「な、なんですの!? この炎は……!」


 その側には、スカートの裾を翻しながら、金色の巻き髪を揺らす女。


「あんた達、誰!? まさか、後をついて来たの!?」


 ヘルタは思わず身構えた。

 手ぶらで飛び出して来たばかり。武器になるものなど何もない。


 魔力を練ろうとしても、たちまち黒い焔に呑まれ、霧散してしまう。


「そっちこそ、誰だ」


 男――フェイルツィーオは、興奮気味の妹を片手で制しながら、淡々と告げた。


「ボクらは魔術師育成協会から、『幻日の箱庭』の捜索のために遣わされた者だ」

「……魔術師育成協会……」


 その名を聞いた瞬間、ヘルタの表情が強張る。


 敵だ、明確に。『イル・マット』と敵対する。


「そんなことより、この炎はなんですの!? リヒェンツァ!! どこにいるんですの〜〜〜〜!!」

「貴様は黙っていろ、アフェルディータ」


 フェイルツィーオが額を押さえる。


 その時だった。


「――え?」


 ふと、ヘルタが振り返る。

 その瞬間――焔の揺らぎが、変わった。


「この魔力……この焔とは別のものだ」


 フェイルツィーオが、慎重に周囲の気配を探る。


「もしかして、リヒェンツァですの?」


 アフェルディータが、訝しげにフェイルツィーオを見る。


「……違う」


 短く答えると、フェイルツィーオは義眼へ魔力を流し込んだ。


 強大な魔力が渦巻く中、揺らぐ視界。

 それでも、限界まで焦点を絞る。


 黒い焔。溢れ出す魔力。

 その奥に、かすかに混じる――別の魔力。


 そして――「――リヒェンツァ!!」


 叫ぶより早く、フェイルツィーオの身体が動いていた。


「きゃっ!?」


 後方から襲いかかる焔。

 ヘルタの袖へ絡みつく黒い炎。


 それらすべてを振り切るように、フェイルツィーオは駆け出した。


「兄様!?」


 アフェルディータの制止も聞かず、フェイルツィーオは黒い焔の中へ身を投じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。