ななしのジョン・ドゥ part.2
「ごめんね、遅くなって」
この際、魔術師育成協会内部で何があったのか。
どういう経緯で、エフィムがここへ来たのか。
そんなことを問い詰めるのは、今はやめた。
――エフィムが無事。
それだけが、今のヴォルーツォにとって唯一の救いであり、支えだった。
「へ〜え〜え〜……そういうこと、するんだぁ」
平手打ちなど、たいしたダメージではない。
それなのに――ウィリディアスは腰を曲げ、だらりと腕を下ろすと、身体をゆらり、ゆらりと揺らし始めた。
まるで、悪霊にでも取り憑かれたように。
「大体さぁ、先に『幻日の箱庭』を襲撃したのは、そこのおチビさんなんだけどぉ?」
ゆっくりと、ウィリディアスの指先がエフィムへ向く。
「それなのに、被害者ヅラするんだぁ?」
乱れた前髪の隙間から覗く、薄い藤色の瞳。
その虹彩は、今や赤く滲んでいた。
興奮によって充血した眼球が、紫の瞳を侵食するように赤く染め上げている。
「……ちがう」
エフィムが、ぽつりと呟いた。
その声を聞いた瞬間。
「うん?」
ウィリディアスは――嬉しそうに笑った。
「ヴォルーツォさんが『幻日の箱庭』にいるって、目撃情報があったから」
「うっそぉ!?」
ウィリディアスが、素っ頓狂な声を上げる。
両手で髪をぐしゃぐしゃと掻き乱し、まるで子供のように頭を抱えた。
「君、嘘つきだよぉ! さっき自分で言ったじゃん。“禁術使用の疑いで連行令”だぁ! とか」
「それは……」
エフィムが言葉に詰まる。
「どのみち、潰さなきゃならないんだから、遅いか早いかの違いだろ?」
「――バライバ理事長……」
エフィムが振り返る。
先に逃げたはずのバライバが、いつの間にかそこに立っていた。
「流石に、エフィム坊ちゃん一人に、すべて負わせるわけにはいかなかろうよ」
バライバは、いつもの飄々とした笑みを浮かべている。
「おいおい、勘弁してくれよぉ」
ウィリディアスは、疲れたように肩を竦めた。
「バライバってば、ここがどこか分かってて言ってんの?」
一歩。ウィリディアスが、ゆっくりと前へ出る。
「ここはねぇ――僕らの楽園」
その声音から、先ほどまでの軽薄さが少しずつ剥がれて行く。
「遊び場で、アジトで……僕らの本拠地」
そう言いながら、ウィリディアスはちらりとエフィムへ視線を向けた。
「そこへ勝手に入ってきて、好き放題してくれちゃってさぁ」
口元だけが、ゆっくりと吊り上がる。
「……僕、そういうの嫌いなんだよねぇ」




