終演 part.9
「――そ〜れ、それそれそれそ〜れ!」
ウィリディアスとヴォルーツォは、激しい攻防を繰り広げていた。
拳がぶつかり、魔術が飛び交う。
互いに一歩も譲らず、獣のような身のこなしで相手の懐へ潜り込んでは、次の瞬間には距離を取る。
「――いい加減、降ろせ! ウィリディアス!!」
その最中でさえ、エフィムはウィリディアスの腕に抱かれたままだった。
「やだよぉ。僕の大事なお嫁さんなんだからぁ♡」
「誰がお嫁さんだ!」
エフィムが必死にもがく。その足元へ、漆黒の焔が迫っていた。
「よっと!」
ウィリディアスは軽快なステップで横へ跳び、紙一重で炎を躱す。
「ちょこまかと……小賢しいぞ」
ヴォルーツォが追撃する。
拳がウィリディアスの頬を掠める。
しかし――「おっと」
ウィリディアスは身を捻り、紙一重で躱した。
そのまま懐へ潜り込む。
「――アグッ!?」
ヴォルーツォの脇腹に、何かが突き刺さった。
銀色に光る――ペティナイフ。
皮剥きに使うような、どこにでもある小さな包丁だった。
「ンッフフ」
ウィリディアスは嬉しそうに笑う。
エフィムを抱えたまま、ヴォルーツォの懐から軽やかに飛び退いた。
「ヴォルーツォさん……!」
脇腹から引き抜かれたペティナイフが、乾いた音を立てて地面に転がる。
途端、傷口から血が溢れ出した。
いつもなら、とうに塞がっているはずの傷。
しかし――今回は、違った。
血は止まらない。
傷口も、ゆっくりとしか塞がっていかない。
「――ほらぁ、お兄ちゃん」
ウィリディアスが笑う。
「仕返ししてきなよ♡ 得意でしょ?」
次の瞬間。
「――そぉれ!」
無詠唱の鎌鼬が走った。
ヴォルーツォは咄嗟に身を引く。
それでも避けきれず、肩口が深く斬り裂かれた。
「……っつ!」
「ヴォルーツォさん!!」
また、血が滴り落ちる。
ウィリディアスは、それを眺めながら愉しそうに目を細めた。
ヴォルーツォには、その意図が分かっていた。
小さな傷を刻み続けることで、魔力を再生能力へ消費させる。
そして、それと同時に――心までも削っていく。
「あはははははは! 次はこちら〜♡」
「クソっ……!」
ヴォルーツォの太腿に、小型ナイフが突き立てられる。
引き抜く。傷が塞がる。
だが、その直後にはまた新たな傷が刻まれる。
その繰り返しだった。
「ほらほらぁ、まだまだいけるよねぇ? おかわりどうぞ♡」
「……ッ!」
だが――「――影よ、我が敵を捕らえろ!」
ヴォルーツォの足元に落ちていた影が、突然、縦へ大きく伸びた。
「おわっ!?」
影は蛇のように蠢き、ウィリディアスの身体へ絡みつく。
腕を、脚を、胴を。
無数の影が、その身を一瞬で拘束した。
「エフィムくんを離せ!」
「ンッフ――」
――パチン!
直後、乾いた音が響いた。
何の変化球もない。真正面から、ヴォルーツォの平手がウィリディアスの頬を打ち据える。
「……っ!」
不意を突かれ、ウィリディアスの腕から力が抜けた。
その一瞬を、エフィムは逃さなかった。
「ヴォルーツォさん!!」
腕から抜け出し、エフィムが駆ける。
そして、そのままの勢いでヴォルーツォへ抱きついた。
「……エフィムくん」
ヴォルーツォは一瞬だけ目を見開く。
それから、両腕でエフィムをしっかりと受け止めた。
「ごめんね、遅くなって」
その声は、先ほどまでの苛烈な戦闘からは想像もつかないほど優しかった。
まるで幼子をあやすように、エフィムの背へ手を添える。
そして、もう一方の腕を腰へ回すと、その身体を軽々と抱き上げた。




