終演 part.8
『幻日の箱庭』恒例のお茶会は、ヘルタの起床時間に合わせて、午後三時からと決まっている。
そのため、いつもより少し早めに起き、廊下に出ると、ちょうど隣の部屋の扉が開いた。
「んもー! ヘルタってば、こんな日くらい……!」
「分かった、分かった」
妹分のティツィアーナの言葉を、彼女――ヘルタは面倒くさそうに手を突き出して遮った。
「今日は本当に、勘弁して」
「ティツィのことじゃなくて、他の皆の気持ちを汲んで欲しいの! ね、今日は……」
「ティツィ、ご飯は?」
ヘルタは欠伸を噛み殺し、そのままリビングのソファへどかっと腰を下ろす。
いつもの行動。いつもの日常。
「……もぅ!」
ティツィアーナは頬をぷくっと膨らませると、ヘルタの頭をトングでコツンと小突いた。
「――ちょっと! 何するのさ!?」
「それはこっちの台詞! もう二時過ぎてるんだから、さっさと着替えて! この前のお茶会だってすっぽかして……」
ティツィアーナの小言は止まらない。
それどころか、どんどん加速していく。
「ヘルタ、おなか空いたんだけど」
「またそうやって話を逸らして! とにかく、まずはお着替え! はい、行った行った!」
「えー……」
「えー、じゃないでしょ!」
ティツィアーナに背を押され、ヘルタはそのまま廊下へ逆戻りさせられた。
「ほら、このブラウス着て。こっちのスカートも」
「もー……先に顔洗わせてよぉ」
「ちょっと、しゃがんで。ボタン止められないから」
いつもの昼下り。いつもの行動。いつもの妹弟子。
ヘルタだけが、何気ない一日を特別なものだと知っている。
――しかし、この日に限っては、少しばかり事情が違っていた。
ティツィアーナがヘルタの着替えを手伝っていた、その時だった。
「――ヘルタ!」
「……なに、この魔力」
着替えも途中。顔も洗っていない。
二人は揃ってリビングへ飛び出した。
「この波動って……!」
「――ティツィは、ここにいて!」
ヘルタは靴を履く暇すら惜しみ、玄関のドアを開け放った。
次の瞬間。肌を撫でたのは、打ち寄せる津波のような、あまりにも強大な魔力だった。
「くっ……!」
全身にまとわりつく、粘りつくような魔力。
一歩、踏み出す。それだけで、身体の奥まで揺さぶられる。
「魔力酔い……しそう……」
それでも、止まらない。
この感覚を、ヘルタは知っている。間違えるはずがない。
「――雪那!」
唇を噛み締め、ヘルタは薔薇園へ駆け出した。




