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追憶の辺獄  作者: 香取 仙狐
第二章 幻日の箱庭
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終演 part.4

「はあ、はぁ……は、あっ……!」


 振り返らず、ただひたすらに走る。

 見事なまでの遁走。敗北の味。


「エフィム会長を一人にして、大丈夫だったんでしょうか……」


 ライツォフィオナが、もっともらしい不安を口にする。


「しゃーないだろう。あの子言い出したら聞く耳持たないんだから」


 答えるバライバの顔には、珍しく神妙な色が浮かんでいた。


「それに、危なくなったら空間転移で逃げろって言ってある」


 前だけを見て、足を動かす。

 一歩。また一歩。


 リヒェンツァは俯いたままだったが、それでもちゃんと着いて来ている。それだけが救いだった。


「とにかく、今は一刻も早く薔薇園から離れることさね。それから――円花はどこ行ったんだい」


 焔の勢いは、なおも増している。

 もはや円花どころの騒ぎではない。


 一歩でも前へ。

 今はただ、それだけに集中するしかなかった。


「……円花」


 だからこそ、バライバの問いに、カレンデュラは一瞬だけ足を鈍らせた。


「どうして、あの人たちはあんなにもあたしを恨んでるんだろ」


 黒く煤けた薔薇園。

 焔に呑まれていく植物たちが、悲鳴を上げている。

 パチパチと、乾いた音が響く。

 焼かないで。殺さないで。枯らさないで――そんな声まで聞こえてくるようだった。


「恨んでないさね」


 バライバは、前を向いたまま答える。


「単に、報酬のない仕事を続けてるだけだい」


 あまりにも単純な答えだった。


「……そうなんだ」


 カレンデュラは、それ以上何も言わなかった。


「おい、貴様ら! あそこを抜けたら、もう一度全員の人数を数える! 己の元へ、一人として欠けることなく辿り着けるよう努めるぞ!」


 空蝉の声が、焔の熱気を裂いて響き渡る。


「円花……」


 カレンデュラは、もう一度その名を口にした。


「ううん。今は集中しなきゃ」


 ぎゅっと拳を握る。


「考えるのは、全部終わった後でいい」


 足を動かす。肺を動かし、心臓を鳴らし、全身を使って。

 燃え盛る箱庭を、ひたすらに突っ切る。


 その時だった。


「――雨よ、絶え間なく降り注ぎ、大地を満たせ!」


 女の声と共に――蒼い光が、視界を覆った。

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