Grand Guignol part.9
――開けてはいけないパンドラだった。
『イル・マット』のアジトの一つ――『幻日の箱庭』。
ライツォフィオナは無力感でへたり込みながら、それでもどうにか脚に力を込めて立ち上がる。
「ライツォフィオナさん、ここは危険なので門まで走ります」
エフィムは少しきつめに言い放つ。
綠廊を抜け、宿根草の咲くガーデンを駆け抜ける。
ヒールが土に埋まる。容赦なく、パンプスの中へ泥が雪崩れ込む。
それすら厭わず、ライツォフィオナは走り続けた。
「――エフィム会長!」
咄嗟にエフィムの腕を引き、横っ飛びに跳躍する。
その刹那、二人がいた場所へ、仄暗い焔が直撃した。
「な、なにあれ……」
光さえ飲み込む澱んだ焔。
苦しみそのものを体現するかのように蠢くソレは、不規則にあらゆる方角へ触手を伸ばしていく。
「――雨よ、絶え間なく降り注ぎ、大地を満たせ!」
エフィムが詠唱を唱えると、何もない空から大粒の雨がどっと降り注いだ。
「くそっ」
だが、相手は得体の知れないモノ。
雨に打たれても沈むどころか、その勢いは衰える気配すらない。
「これは、私たちがどうこうできるものではありません」
ライツォフィオナはエフィムの腕を強く引き、そのまま門を目指して走り出した。
――ここにいてはいけない。
ただ、その一点だけが本物だった。
カレンデュラとバライバは、ちゃんと逃げおおせたのか。
リヒェンツァは? リュディオールは? 空蝉は?
何もわからない――けれど。
今はただ、生き延びるために走る。
黒い焔が迫る中、二人はただひたすらに走り続けた。




