Grand Guignol part.8
「――慣れぬ土地では、本来の力も発揮できぬか!」
空蝉の手には、羽団扇が握られていた。
天狗としての地位こそ最下位。それでも、神の一柱に数えられる存在である。
「きゃあ!」
その一振りだけで、細身とはいえ、自分とさほど身長の変わらない女が吹き飛んでいく。
「ぬぬ! 野郎ならいざ知らず、相手がおなごでは、ちと気が引ける」
「――なぜ、なぜですの……なぜ、わたくしのお庭をめちゃくちゃにするのですか……」
雪那にとって、この場所は理想の箱庭。彼女にとって、唯一の世界だった。
それを今、目の前で無慈悲に壊されている。
「許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない」
彼女はふらりと立ち上がった。
次の瞬間、全身から凄まじい魔力を迸らせた。
――轟音。大地が唸り、地面そのものが隆起していく。
だが、空蝉の表情は、むしろ明るかった。
「ぬんっ!」
ひらり。
羽団扇を、たった一度横に薙ぐ。
瞬間、凄まじい突風が巻き起こった。
「――キャア!!」
雪那の身体が風に煽られる。
だが、空蝉は不意にその場から飛び退いた。
直後――土で作られた無数の針が、雨のように地面へ突き刺さる。
「許さない、許さない許さない」
怨嗟は止まない。
いや、もはや止めることなどできない。
「ほう、人とはげに愉快にゆかしき生類なり」
空蝉は感心したように目を細める。
「己も、こんな立場でなければ、貴様らと手を取り合えたかも知れん」
だが、それも束の間。
「うぅぅぅ……」
雪那が苦しげに呻く。
何よりも彼女にとって辛いのは、自らが傷つけられることではない。
――この庭が、傷つくことだった。
「さあ、立て。もう立てぬか。だが、貴様の命までは取るまい」
「うぅぅうぅ……」
雪那は地面に膝をつき、さめざめと涙を流していた。
だが、その背後で――不意に、ジリッという不穏な音が響く。
「――いやぁあぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあ!!」
湧き上がる、黒く底のない焔。
まるで地獄から噴き上がる業火の如く、仄暗い炎が雪那を中心に燃え広がっていく。
思わず、空蝉が息を呑んだ。
見せしめとばかりに、近くに咲いていた薔薇が次々と黒い焔に飲み込まれ、焼き払われていく。
「もう寄せ! それ以上は、身体が保たんぞ!」
さすがの空蝉の顔にも、焦りの色が浮かぶ。
「退却だ。己にも、救えん」
空蝉は羽団扇を振るい、迫り来る焔を躱す。
「さらばだ!」
そのまま羽団扇を大きく煽り――文字通り、飛ぶようにその場から逃げ去っていった。




