Grand Guignol part.7
劇場はいつの間にか消え、辺りは元の薔薇園へと戻っていた。
リュディオールは震える手で拳を握り、ウィリディアスを睨み付ける。
「……どうして」
こんなにも胸の奥が痛むのか。
何に対して怒り、何に対して泣いているのかすら、自分でも分からない。
ただ、ひとつだけはっきりしている。
――リヒェンツァを守りたい。
ただ、それだけの願いだった。
「どうしたんだい、玲於奈くぅん? 急にまた泣き出したりしてぇ」
その声を聞くだけで、虫唾が走る。
なぜ、今になってこんなにも苦しいのか。
玲於奈自身にも、その答えは分からなかった。
「リヒェ姐を返せ!!」
玲於奈はただ走った。
闇雲に、策もへったくれもなく。
「おや、無策にも程があるんじゃな〜い?」
赤子の手を捻るとは、まさにこのこと。
ウィリディアスは、玲於奈の全力の突進を片手で受け止めると、そのまま関節を極め、芝生へ叩き伏せた。
「ッッ――!」
抵抗すれば、腕の骨ごと折られる。
それが分かるからこそ、玲於奈は大人しく地面に伏せることしかできなかった。
「およよ……可哀想に、可哀想に」
ウィリディアスは玲於奈の髪を掴み、強引に顔を上げさせる。
「君ぃ、必死になっちゃってるけど、リヒェンツァは君のことなんとも思ってないと思うよぉ? だって、女の子としか――」
「――んなこと、分かりきってらぁ!!」
玲於奈は即座にその言葉を遮った。
「オレがリヒェ姐を慕うのに、理由なんかいらねぇ!!」
ウィリディアスは一瞬、見た目通りのあどけない表情を見せた。
だが、それもすぐに、底知れない嫌悪感を煽る笑みへと変わっていく。
「ンッフフ、そっか〜」
ウィリディアスは、まるで悪戯っ子のような笑みを浮かべ、玲於奈を見下ろした。
「ウチは異性恋愛厳禁なんだよね〜〜〜! 悪いけど、リヒェンツァはあげられないかなぁ?」
息ができない。
ウィリディアスの指が首に絡みつき、じわじわと締め上げてくる。
呼吸を奪われ、意識が霞んでいく。
「あ、ぐ……ぅ、っ……べ、つに! すき、なんかじゃ!!」
懸命に空気を求めて藻掻くも、指は空を掴むだけで、何も救えない。
「おやぁ、いけない子だ。そんな嘘を吐いちゃって」
玲於奈はウィリディアスの腕を掴み、指を引き剥がそうとする。
だが、どれだけ爪を立てても、その手は微動だにしない。
「ねぇ、日本での生活はどうだった、玲於奈くん」
今度は泣き落としか。
馬乗りになって首を絞めながら吐く台詞じゃないだろう。
「君を日本に送り届けた後、後悔して三分くらい泣いたよ」
この男の真意は分からない。
だが、本気で言っているのも確かだった。
「あのまま日本でずぅっと平和に暮らしてれば、こうやって首を絞められることもなかったのに。お馬鹿さんだねぇ?」
首を絞める力を少し緩め、ウィリディアスは玲於奈の額に唇を落とす。
心からの“子供”への愛情、慈愛。あるいは――狂気。
「でも――」
だが、次の瞬間には、再び残酷なまでの圧が加わった。
「ここが運の尽きだったねぇ。丹精込めて育てた“息子”が、僕の手で散ると思うと興奮しちゃうよぉ」
「うっ、ぐ……ぁ」
徐々に身体から力が抜けていく。
だが、ここで死ぬわけにはいかない。
何より――ここまで自分を育て、送り出してくれた義両親に、顔向けできない。
「し、ねっ……! ウィリ、ディア、ス!!」
なけなしの力を振り絞り、玲於奈は奴の股間へ手を伸ばし、そして――思い切り、握り潰す。
「――ん、ぐぉおぁァァァェああああああああッッ!!」
効果は絶大だった。
ウィリディアスは顔を真っ青にして絶叫し、そのまま後ろへ倒れ込む。
――瞬間。肺へ一気に空気が流れ込み、玲於奈は激しく咳き込んだ。
身体を丸めながら、必死に酸素を貪る。
「げほっ……ごほっ……!」
視界が滲む。それでも、まだ立たなければならない。
――リヒェンツァを、救うために。




