Grand Guignol part.5
あの日以来、リヒェンツァの心は荒んでいた。
「……陰性」
何度も結果を確かめては、安堵し、また不安に駆られる。
身体を焼くほどの酒を呷り、灰皿には大量の煙草の吸い殻が積み重なっている。
自室から一歩も出ず、酒に溺れ、煙草を燻らせる。
ただ、時間だけが過ぎていく。
まるで、自分自身を少しずつ壊していくように。
「次の生理、いつだっけ……」
よろよろとベッドから抜け出し、卓上のカレンダーを覗き込む。
涙に暮れても意味がないことは分かっている。
それでも、心は沈んだままだった。
だが、そんな生活が、いつまでも続くはずもなく。
「――リヒェンツァ! いい加減出てきなさい!」
唯一の理解者である円花にさえ、打ち明けられずにいた。
いや――打ち明けられなかった。
――第三幕の開演ブザーと共に、劇場の照明が一斉に明るくなる。
観客たちが固唾を呑んで見守る中、一筋の光が再び彼女の姿を浮かび上がらせた。
「ウィリディアス」
コツン、コツン。
弱々しいノックが響く。
もはや数日間、まともに食事を喉へ通すこともできず、まともに眠ることすら叶わなくなっていた。
「おや、リヒェンツァ。心配してたんだよ? 何かあったのかい」
わざとらしい声音と表情。
気遣っているようには見える。
だが、それは好奇心という名の仮面を被った同情に過ぎない。
それが、リヒェンツァには透けて見えていた。
それでも――。
「――エカチェリーナに嵌められた」
エカチェリーナとの確執。『finger tutting』での一件。
話せる範囲だけを選び、ウィリディアスへ説明する。
「……ああ、それでか」
ウィリディアスは、納得したように頷いた。
「でもね、リヒェンツァ。それは君も悪い。妊娠しなかっただけ、良かったと思わなきゃ」
その無神経な言葉が、さらに彼女の心へ突き刺さる。
小さい頃から信頼を寄せていた。
自分を理解してくれていると、そう信じていた。
――唯一の男。
その男の口から出た言葉は、これっぽっちの同情だった。
ただ、それだけのことが、胸に痛みを伴う。
「もういい」
ぷつん、と何かが切れたような感覚がした。
リヒェンツァは踵を返し、ウィリディアスに背を向ける。
「――僕は、いつでも君の味方さ。“娘”の健康と幸福を守るのが、パパの勤めだろう?」
ウィリディアスはライトを背に、ただ笑っている。
まるで、舞台を降りようとするリヒェンツァを嘲笑うかのように。
「僕と、もう一度やり直そう。リヒェンツァ。円花くんも、君のことをまだ愛してる」
一歩。また一歩。
ウィリディアスが、リヒェンツァへ歩み寄る。
「もう、エカチェリーナとマリーはいないよ、リヒェンツァ」
その声は、あまりにも穏やかだった。
「あの子たちは、自らの過ちによって身を滅ぼしたのさ。もう、君を苦しめる存在はいないんだよ」
一歩。さらに踏み込み、もう一歩。
ウィリディアスは彼女との距離を詰め、捕らえようと手を伸ばす。
その指先が触れそうになった、その瞬間――舞台照明が、再び劇場を覆う闇の中へと溶けていった。




