Grand Guignol part.1
「ようこそ、皆々様! 愛と絶望、血反吐と硝煙に塗れた、惨劇の一大スペクタクルへ!」
いつの間にか燕尾服を纏ったウィリディアスが、舞台中央へ歩み出る。
それが合図だった。
大ホールを埋め尽くすように、音響と照明が一斉に作動する。
リムライトが、斜めから差し込んだ。
その光は、主演――リヒェンツァの輪郭だけを、鮮やかに浮かび上がらせる。
まるで、彼女だけがこの舞台のために選ばれたかのように。
「さあ――始めようか! 絶望と諦念の饗宴を!」
ウィリディアスが、恍惚とした笑みを浮かべる。
その瞬間、舞台が暗転した。
第一幕――開演。
世に蔓延るのは――“モテ”。
女たちは、自分の意思で着飾るのではない。
ただただ、男たちに好かれるために、自分自身を偽るだけだ。
“モテ服”、“モテ髪”、“モテメイク”――。
そこにしか、彼女たちの存在意義はない。
お洒落も、趣味も、交友関係も、何もかも。
すべては、ただ男に好まれるための道具でしかない。
男は、都合の良い女を求める。
女は、都合良く扱われるために媚びを売る。
それは、ただ“恋愛”という皮を被せただけの――支配と搾取の関係でしかなかった。
「……でぇ、昨日知り合った男の子ってば、ほんっとうにつまんないの!」
そう言って笑う女がいる。
――マリー。
『イル・マット』の本拠地、その食堂。
彼女は数人の仲間たちに囲まれながら、楽しげに愚痴を零していた。
異性恋愛厳禁。
創立者であるウィリディアスが定めた規則の中でも、特に重要視されている項目の一つだ。
だが――年頃を迎えた娘たちが、そんな規則を素直に守るはずもない。
「だけど、お金いっぱい持ってるから、だ〜いすきっ!」
マリーはそう言って、札束を天井へ放り投げた。
ひらひらと舞い落ちる紙幣。
まるで花弁のように散っていくそれは、男から贈られた愛の証だった。
「ねぇ、見て見て、アリシア! 高級ブランドのバッグ!! 私のために買ってくれたんだ〜!」
マリーは満面の笑みでバッグを掲げる。
――そう。
ここは、彼女たちにとっての楽園なのだ。
規則を破り、男と逢瀬を重ね、贈り物を受け取る。
そんな背徳さえも、彼女たちにとっては日常の一部だった。
けれど――彼女たちは知っている。
ここが、偽りの楽園でしかないことを。
『イル・マット』に所属している限り、本当に望む生活を手に入れることなどできないことを。
「ねぇ、リヒェンツァ? アンタってば円花と付き合ってるって本当ぉ?」
不意に、マリーの視線がリヒェンツァへ向いた。
「あんな子供みたいな服着た、いい歳のオバさんと付き合ってるって恥ずかしくないわけぇ? キャハハ! マリーのこと襲わないでね〜!」
そう言うなり、マリーと数人の“娘”たちは、けらけらと笑いながら食堂を後にしていった。
「……はあ」
残されたのは、リヒェンツァ一人。
この“楽園”における異物の一つ。
恋愛対象が、彼女たちの言う“普通”とは正反対――女を求める女という、歪な存在。
「あら、あの子たち、楽しそうね」
ぼんやりと立ち尽くしていると、背後から声が掛かった。
「――なんだ、テメェかよ」
女の名は、エカチェリーナ。
彼女もまたマリー達と同じく、“モテ”を至上とする女だった。
そんな女が一体、何の用だというのか。
「貴女、円花と付き合ってるって話題だけど、本当? 男が嫌いだから女と付き合ってるの? それとも、男と付き合いたいけど、規則だから仕方なく代わりに女を選んでるとか?」
エカチェリーナは、好奇心に満ちた目でリヒェンツァを見つめる。
「……興味本位の質問なら、帰れ」
「だって、それって凄く変よ?」
――また始まった。
女なら、男を好まなくてはいけない。男なら女を好まなくてはならない。
リヒェンツァのような存在は、異端中の異端。
それは、本人が誰よりも理解している。
「貴女、ちゃんと男の子と付き合ったことがあるのかしら?」
「あ? 俺は物心ついた時から、女にしか興味なかったっつーの」
エカチェリーナは、心底理解できないとでも言うように首を傾げる。
「とか言って、本当は男が怖いだけじゃなくて? 試しに趣味の合う男の子と付き合ってみたら?」
その言葉こそ、リヒェンツァが最も聞きたくないものの一つだった。
そんな問いを投げかけるということは、やはりこの女には理解できないのだ。
自分が誰を愛するのか。
それが、単なる気まぐれでも、男への恐怖からでもないということが。
「くだらねぇ。帰れ」
「一人くらい、気の合う男の子だっているはずよ! 何人か紹介してあげようか?」
まるで、初めて見る昆虫でも観察するかのように。
エカチェリーナは、好奇心を隠そうともしない。
「興味ねぇよ」
「だって、ほら」
エカチェリーナは、リヒェンツァの肩へそっと手を乗せる。
その距離の近さに、リヒェンツァは僅かに眉を顰めた。
「本当は、男の子――」
次の瞬間、リヒェンツァは彼女の顎を掴み、無理矢理その唇を奪っていた。
パシン――!
乾いた音が食堂に響く。
「なんてことを……! ワタシは貴女と違って、キスすら男のために取っておいてるのに!」
リヒェンツァの頬に、真っ赤な紅葉が咲いた。
「ふん。ご馳走様。美味いもんじゃねぇな、テメェの唇」
「気持ち悪い! やっぱり貴女、変よ……!」
吐き捨てるように言い放ち、エカチェリーナは踵を返す。
だが――。
「……まぁ、いいわ」
廊下へ出ようとしたところで、ふと足を止める。
そして振り返ることなく、静かに言った。
「覚えておきなさいよ。どうなっても知らないから」
それだけを残し、今度こそエカチェリーナは去っていった。
その背中を見つめながら、リヒェンツァはただ呆然と立ち尽くしていた。




