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追憶の辺獄  作者: 香取 仙狐
第二章 幻日の箱庭
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再演 part.10

「――はっ!」


 花弁のように重なり合ったスカートが、ふわりと宙へ舞う。

 その裾から伸びた脚が、鋭く空気を裂いた。


「――つッ!」


 リヒェンツァは咄嗟に腕を掲げ、その一撃を受け止める。

 衝撃が腕を痺れさせた。


 体格、服装。どれを取っても、円花の方が不利に見える。

 だが、彼女は一歩も退かなかった。


 蹴り足を引くと同時に拳を構え、今度は自らリヒェンツァとの距離を詰めていく。


「もう、私たちは敵なのよ」

「ああ、そうだな」


 リヒェンツァは再び地を蹴り、円花から距離を取る。


「リヒェンツァさん!」


 カレンデュラの呼ぶ声も届かない。

 二人は止まらない。魔術すら使わず、ただ純粋な武力だけをぶつけ合っていた。


「アンタが、魔術師育成協会と手を組むことになるなんて、思いもよらなかった」

「ああ。俺もそう思う」


 言葉少なに応じながら、リヒェンツァは脳裏で最善の策を探り続けていた。


『もう、私たちは敵なのよ』


 その言葉が毒となって、リヒェンツァの心を蝕む。

 冷静になれ――今、必要なのはただ一つ。


「円花」


 敢えて、その名を呼ぶ。

 その瞬間、円花の身体がぴくりと反応した。


 ――一瞬。


「――いやぁ、キャットファイトとは……! こ、これが“尊い”かぁ……!」


 突然、二人の間へ声が滑り込んだ。

 同時に、二人は声のした方へ顔を向ける。

 そこに立っていたのは、血みどろのウィリディアスだった。


「ウィリディアス……」


 円花が、思わず絶句する。


「こういうの、なんて言うんだっけ? 萌え? 燃え? 女の子同士の恋愛って、ほんっと素晴らしいよねぇ? ハアハアハア」


 顔を蕩けさせ、荒い息を吐く。

 その姿は、異様の一言に尽きた。


「円花、一時休戦だ」

「な……っ! 勝手に決めないでちょうだい!」


 リヒェンツァは円花に背を向け、彼女を庇うように手を伸ばす。


「落ち着け」

「嫌よ! 今は私との決着を着ける場面でしょう!?」


 円花はその背中を睨みつける。

 だが、リヒェンツァは振り返らない。

 真剣な眼差しをウィリディアスへ向けたまま、ただ円花を庇い続ける。


「リヒェンツァちゃぁん」


 不意に呼ばれた名に、全身の毛穴という毛穴から嫌な汗が噴き出した。

 嫌悪感などという言葉では、生温い。


「おかえり、よ〜く帰って来たねぇ? お土産まで連れて」


 舌なめずりをしながら、ウィリディアスがにじり寄ってくる。


「――ッ!!」


 もはや言葉すら出てこなかった。

 リヒェンツァはただ円花を背後に庇い、視線だけをバライバへ向ける。


 ――逃げろ。

 声に出さず、目だけでそう告げた。


 バライバがカレンデュラの腕を引いて、庭園の外へ向かって走り出す。


「ありゃ、逃げられちゃった。……まあいいや」


 ウィリディアスは肩をすくめると、ゆらりと視線を動かす。


「ところで円花くん、君は何をしているんだい」


 その瞬間。円花の身体が硬直した。

 リヒェンツァも、思わず彼女を庇っていた腕の力が緩む。


「僕が、君に与えた役目。忘れてはいないよねぇ?」


 ウィリディアスが一歩、また、一歩と二人との距離を詰める。


「ささ、リヒェンツァと遊んでないで仕事に戻る!」

「……分かったわよ」


 それが引き金だった。円花は踵を返してバライバの後を追う。


「お、おい! 待て、円花……!」


 慌てて引き止めようと伸ばした手は、虚しく空を切る。


 その時。

 リヒェンツァの手に、ウィリディアスの手が重なった。


「おかえり、リヒェンツァちゃん」

「帰って来たつもりはねぇよ、クソ親父」

「ンッフフ。ああ、そうだった」


 ウィリディアスは愉快そうに笑う。


「君は、まだ反抗期が終わってなかったんだったねぇ」


 リヒェンツァは答えない。

 ただ、ちらりとバライバたちが去っていった方へ視線を向ける。


「さあ、踊ろうか」


 その手を離さぬまま、ゆっくりと一歩踏み出す。


「僕らだけの劇場で」


 リヒェンツァは、その光景を見て確信する。

 ――完全に嵌められた、と。


「ようこそ、皆々様! 愛と絶望、血反吐と硝煙に塗れた、惨劇の一大スペクタクルへ!」


 瞬きの間に、辺りの景色が一変した。

 しまったと思った時には、もう遅い。


 そこは薔薇園ではなく、オーディトリアムと呼ばれる大ホール。

 それも、五階まである立派な劇場へと変貌していた。


「僕は当劇場の支配人、ウィリディアス・ルカ・グレイス! どうぞ、お見知り置きの程を!」


 高らかな口上と共に、緞帳がゆっくりと上がっていく。


 演者は、揃った。

 せいぜい足掻いて、泣いて、喚いて、楽しませてくれ。終幕は、もう目前なのだから。


 ――“再演”。


 それは、新たな惨劇の始まりを意味していた。

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