再演 part.10
「――はっ!」
花弁のように重なり合ったスカートが、ふわりと宙へ舞う。
その裾から伸びた脚が、鋭く空気を裂いた。
「――つッ!」
リヒェンツァは咄嗟に腕を掲げ、その一撃を受け止める。
衝撃が腕を痺れさせた。
体格、服装。どれを取っても、円花の方が不利に見える。
だが、彼女は一歩も退かなかった。
蹴り足を引くと同時に拳を構え、今度は自らリヒェンツァとの距離を詰めていく。
「もう、私たちは敵なのよ」
「ああ、そうだな」
リヒェンツァは再び地を蹴り、円花から距離を取る。
「リヒェンツァさん!」
カレンデュラの呼ぶ声も届かない。
二人は止まらない。魔術すら使わず、ただ純粋な武力だけをぶつけ合っていた。
「アンタが、魔術師育成協会と手を組むことになるなんて、思いもよらなかった」
「ああ。俺もそう思う」
言葉少なに応じながら、リヒェンツァは脳裏で最善の策を探り続けていた。
『もう、私たちは敵なのよ』
その言葉が毒となって、リヒェンツァの心を蝕む。
冷静になれ――今、必要なのはただ一つ。
「円花」
敢えて、その名を呼ぶ。
その瞬間、円花の身体がぴくりと反応した。
――一瞬。
「――いやぁ、キャットファイトとは……! こ、これが“尊い”かぁ……!」
突然、二人の間へ声が滑り込んだ。
同時に、二人は声のした方へ顔を向ける。
そこに立っていたのは、血みどろのウィリディアスだった。
「ウィリディアス……」
円花が、思わず絶句する。
「こういうの、なんて言うんだっけ? 萌え? 燃え? 女の子同士の恋愛って、ほんっと素晴らしいよねぇ? ハアハアハア」
顔を蕩けさせ、荒い息を吐く。
その姿は、異様の一言に尽きた。
「円花、一時休戦だ」
「な……っ! 勝手に決めないでちょうだい!」
リヒェンツァは円花に背を向け、彼女を庇うように手を伸ばす。
「落ち着け」
「嫌よ! 今は私との決着を着ける場面でしょう!?」
円花はその背中を睨みつける。
だが、リヒェンツァは振り返らない。
真剣な眼差しをウィリディアスへ向けたまま、ただ円花を庇い続ける。
「リヒェンツァちゃぁん」
不意に呼ばれた名に、全身の毛穴という毛穴から嫌な汗が噴き出した。
嫌悪感などという言葉では、生温い。
「おかえり、よ〜く帰って来たねぇ? お土産まで連れて」
舌なめずりをしながら、ウィリディアスがにじり寄ってくる。
「――ッ!!」
もはや言葉すら出てこなかった。
リヒェンツァはただ円花を背後に庇い、視線だけをバライバへ向ける。
――逃げろ。
声に出さず、目だけでそう告げた。
バライバがカレンデュラの腕を引いて、庭園の外へ向かって走り出す。
「ありゃ、逃げられちゃった。……まあいいや」
ウィリディアスは肩をすくめると、ゆらりと視線を動かす。
「ところで円花くん、君は何をしているんだい」
その瞬間。円花の身体が硬直した。
リヒェンツァも、思わず彼女を庇っていた腕の力が緩む。
「僕が、君に与えた役目。忘れてはいないよねぇ?」
ウィリディアスが一歩、また、一歩と二人との距離を詰める。
「ささ、リヒェンツァと遊んでないで仕事に戻る!」
「……分かったわよ」
それが引き金だった。円花は踵を返してバライバの後を追う。
「お、おい! 待て、円花……!」
慌てて引き止めようと伸ばした手は、虚しく空を切る。
その時。
リヒェンツァの手に、ウィリディアスの手が重なった。
「おかえり、リヒェンツァちゃん」
「帰って来たつもりはねぇよ、クソ親父」
「ンッフフ。ああ、そうだった」
ウィリディアスは愉快そうに笑う。
「君は、まだ反抗期が終わってなかったんだったねぇ」
リヒェンツァは答えない。
ただ、ちらりとバライバたちが去っていった方へ視線を向ける。
「さあ、踊ろうか」
その手を離さぬまま、ゆっくりと一歩踏み出す。
「僕らだけの劇場で」
リヒェンツァは、その光景を見て確信する。
――完全に嵌められた、と。
「ようこそ、皆々様! 愛と絶望、血反吐と硝煙に塗れた、惨劇の一大スペクタクルへ!」
瞬きの間に、辺りの景色が一変した。
しまったと思った時には、もう遅い。
そこは薔薇園ではなく、オーディトリアムと呼ばれる大ホール。
それも、五階まである立派な劇場へと変貌していた。
「僕は当劇場の支配人、ウィリディアス・ルカ・グレイス! どうぞ、お見知り置きの程を!」
高らかな口上と共に、緞帳がゆっくりと上がっていく。
演者は、揃った。
せいぜい足掻いて、泣いて、喚いて、楽しませてくれ。終幕は、もう目前なのだから。
――“再演”。
それは、新たな惨劇の始まりを意味していた。




