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追憶の辺獄  作者: 香取 仙狐
第二章 幻日の箱庭
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再演 part.9

「ンッフフ、楽しくなって来たねぇ? ―― 玲於奈(レオナ)くぅん?」

「――は?」


 聞こえるはずのない声だった。

 リュディオールは反射的に顔を上げる。


 生きているはずがない。

 つい今しがた、頸動脈を断ち切り、心臓を何度も貫いたのだから。


「――ヒィッ!?」


 思わず刀から手を離し、大きく飛び退く。

 血塗れで、もはや原形すら留めていなかったはずの男が、何事もなかったかのように、ゆっくりと起き上がったのだ。


「酷いことするな〜。君、そんなに僕のこと嫌いだったのぉ?」


 心底不思議そうに首を傾げるウィリディアス。

 その姿を目にした瞬間、リュディオールの顔から血の気が引いた。


「あ〜んなに可愛がってあげたのに〜。ちょっと通り越して、かな〜りショックだよぉ?」

「う、そだ……そんな……」


 腰から力が抜ける。

 そのまま尻餅をつき、後ずさることしかできなかった。


「およよよ……玲於奈くぅん。ビビると漏らしちゃう癖、まだ直らないのかぁい?」


 血塗れのウィリディアスが、地を這うようにじりじりと距離を詰めてくる。


「ひ……来るな……!」


 声が震える。

 半狂乱で手元にあった茶器の欠片を掴み、投げつけた。


「あらら、痛い痛い」


 わざとらしく頬を押さえるウィリディアス。


「良くない、良くないよぉ。魔術師たる者が、そんな粗暴な真似しちゃぁ〜」

「――や、やめッッ! やめて、ください!」


 リュディオールは、反射的に腰元へ手を伸ばした。

 だが、そこに刀はない。

 次の瞬間、まるで力の差など存在しないかのように、リュディオールの身体はウィリディアスの元へ引き寄せられていた。


「つ〜かまえたぁ♪ うわぁ、大きくなったねぇ! 何年振りかな? え〜とぉ……」

「――いやぁ! お義父さん助け、だれ、か、ぁぁあぁぁぁぁあ!」


 もはや、リュディオールに理性は残されていなかった。


「お〜よしよし、怖かったねぇ。でも、もう大丈夫だよ〜。僕が来たからには、何にも心配はいらないからねぇ?」


 ウィリディアスは、血塗れの顔に満面の笑みを浮かべながら、リュディオールの顎を掴むなり唇でその口を塞いだのだ。


「ん〜ちゅっ♡ 玲於奈くぅん、聴いておくれ。君を手放したこと、実は後悔してるんだよぉ? 君は僕のだぁいじな“息子”だからねぇ♡」

「ひぁいお、あぁあぁあ! ごめんなさいごめんなさいもうしないからどうかお許しくださいオレはどうしようもないむすこです、だから許――」


 そんな姿を目にしてもなお、ウィリディアスは犯すことも、殺すこともしなった。

 ただ、幼子をあやすように、愛おしげに見つめるだけ。


「ンッフフ……玲於奈くぅん?」


 優しく呼びかける声。


「もしかしてだけど、君ってばリヒェンツァのことが好きなのかなぁ?」


 その言葉に、リュディオールの身体がわずかに震える。


「でも、それは困るなぁ」


 すっと、ウィリディアスの指が伸びる。

 それはリュディオールの額の前で止まり、次の瞬間――。


「うちは異性交際は死刑なんでねぇ」


 軽く弾かれた指が、額を打った。


 ――コツン。

 あまりにも軽い音。


 だが、その一撃はリュディオールの意識を刈り取るには十分だった。


 視界が暗転する。

 最後に聞こえたのは、ウィリディアスの楽しげな笑い声だった。

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