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追憶の辺獄  作者: 香取 仙狐
第二章 幻日の箱庭
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再演 part.8

「どうして……あれ……これって家に置いてきたはずなのに」


 当のカレンデュラ自身も、呆然と呟く。


「あの気まぐれな風の神が、この娘を選ぶとはねぇ」


 拘束されたままのバライバが、乾いた笑みを漏らした。


「そう……継承権は貴女に移ったのね」


 円花はゆっくりと瞳を細める。

 その視線は、カレンデュラではなく、彼女の頭上へと降りてくる天燐精霊器へ注がれていた。


「――それなら、尚のことここで仕留めないと」


 カレンデュラは目の前の円花ではなく、降下する天燐精霊器を見つめていた。

 まるで持ち主のもとへ帰ることを知っているかのように、それは静かな軌跡を描きながら、彼女の手元へと降りてくる。


「――焔よ集いて形成せよ。その身を以て彼の者を裁き給え」


 円花の詠唱が響く。

 同時に、カレンデュラは大きく地を蹴った。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 円花の魔術が完成するのが先か。

 それとも、天燐精霊器を手にしたカレンデュラの振り下ろしの方が速いか――。


 勝負は、一瞬だった。

 二人が肉薄した、その瞬間。

 天燐精霊器から眩い光が迸り、円花の身体を包み込む。


「――っ!」


 円花は苦しげに顔を歪め、その場へ膝をついた。


「凄いじゃない……そんな使い方をするなんて」


 どうやら、天燐精霊器が円花の魔力を強引に吸い上げたらしい。


「カレン! もう十分だ、早く逃げな!!」


 拘束から解放されたバライバが駆け寄り、カレンデュラの腕を掴む。


「お婆ちゃん! ここで下がったら、またあの人が襲ってくるかもしれないよ!?」

「だからって、アタシらには荷が重すぎる」


 バライバはきっぱりと言い切る。

 カレンデュラは悔しそうに唇を噛んだ。


「あら、逃げるの?」


 円花はなおも片膝をついたまま、静かに二人を見上げる。


「私は、まだ動けるのだけれど?」


 そう言って立ち上がると、半身に構え、静かに拳を握り締めた。

 対するカレンデュラも、すでに限界だった。


「流石に二日、三日で体力は増えないか……」


 自嘲気味に呟き、震える足に力を込める。

 立たなければ、このままでは終わる。


「立たなきゃ……」


 それでも、足は言うことを聞かなかった。

 そして次の瞬間。カレンデュラの身体は、不意に誰かへ抱きかかえられていた。


「遅くなったな、カレン」


 聞き慣れた声だった。


「え……あ、リ、リヒェンツァさん!?」


 悲鳴を上げる暇すらなかった。

 気づけば、カレンデュラはリヒェンツァの腕の中に抱え上げられていた。


「リヒェンツァ……」


 円花が静かにその名を呼ぶ。

 カレンデュラは抱えられたまま、声のした方へ視線を向けた。

 円花はどこか寂しげに目を伏せ、小さく息を吐く。


「貴女とは道を分かつのね」


 一拍置いて、静かに続ける。


「……分かっていたわ。こうなることくらい」


 それはリヒェンツァへ向けた言葉でありながら、自分自身に言い聞かせているようでもあった。


 しかし、リヒェンツァは何も答えなかった。

 肯定も否定もない。ただ黙って円花を見つめるだけだった。


「円花。テメェとこんな形で再会したくはなかった」


 震える声。それでも、かつて恋人だった円花を真っ直ぐ見据え、一歩も退かずに言い切る。


「……そうね」


 円花は寂しげに目を伏せた。


「私たちは、もう戻れない」


 諦めにも似たその一言が、静かに庭園へ落ちる。


 だが、その直後だった。


 リヒェンツァは後方へ大きく跳躍する。

 同時に、円花の鋭い右ストレートが、さきほどまでリヒェンツァの首があった空間を鋭く抉った。


「……最後の情けだと思って、受け取ってくれれば良かったのに」

「誰が好き好んで、んなもん受け取るかよ」


 リヒェンツァは吐き捨てるように言うと、カレンデュラをそっと地面へ降ろす。


 そして、再び地を蹴った。

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