再演 part.8
「どうして……あれ……これって家に置いてきたはずなのに」
当のカレンデュラ自身も、呆然と呟く。
「あの気まぐれな風の神が、この娘を選ぶとはねぇ」
拘束されたままのバライバが、乾いた笑みを漏らした。
「そう……継承権は貴女に移ったのね」
円花はゆっくりと瞳を細める。
その視線は、カレンデュラではなく、彼女の頭上へと降りてくる天燐精霊器へ注がれていた。
「――それなら、尚のことここで仕留めないと」
カレンデュラは目の前の円花ではなく、降下する天燐精霊器を見つめていた。
まるで持ち主のもとへ帰ることを知っているかのように、それは静かな軌跡を描きながら、彼女の手元へと降りてくる。
「――焔よ集いて形成せよ。その身を以て彼の者を裁き給え」
円花の詠唱が響く。
同時に、カレンデュラは大きく地を蹴った。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
円花の魔術が完成するのが先か。
それとも、天燐精霊器を手にしたカレンデュラの振り下ろしの方が速いか――。
勝負は、一瞬だった。
二人が肉薄した、その瞬間。
天燐精霊器から眩い光が迸り、円花の身体を包み込む。
「――っ!」
円花は苦しげに顔を歪め、その場へ膝をついた。
「凄いじゃない……そんな使い方をするなんて」
どうやら、天燐精霊器が円花の魔力を強引に吸い上げたらしい。
「カレン! もう十分だ、早く逃げな!!」
拘束から解放されたバライバが駆け寄り、カレンデュラの腕を掴む。
「お婆ちゃん! ここで下がったら、またあの人が襲ってくるかもしれないよ!?」
「だからって、アタシらには荷が重すぎる」
バライバはきっぱりと言い切る。
カレンデュラは悔しそうに唇を噛んだ。
「あら、逃げるの?」
円花はなおも片膝をついたまま、静かに二人を見上げる。
「私は、まだ動けるのだけれど?」
そう言って立ち上がると、半身に構え、静かに拳を握り締めた。
対するカレンデュラも、すでに限界だった。
「流石に二日、三日で体力は増えないか……」
自嘲気味に呟き、震える足に力を込める。
立たなければ、このままでは終わる。
「立たなきゃ……」
それでも、足は言うことを聞かなかった。
そして次の瞬間。カレンデュラの身体は、不意に誰かへ抱きかかえられていた。
「遅くなったな、カレン」
聞き慣れた声だった。
「え……あ、リ、リヒェンツァさん!?」
悲鳴を上げる暇すらなかった。
気づけば、カレンデュラはリヒェンツァの腕の中に抱え上げられていた。
「リヒェンツァ……」
円花が静かにその名を呼ぶ。
カレンデュラは抱えられたまま、声のした方へ視線を向けた。
円花はどこか寂しげに目を伏せ、小さく息を吐く。
「貴女とは道を分かつのね」
一拍置いて、静かに続ける。
「……分かっていたわ。こうなることくらい」
それはリヒェンツァへ向けた言葉でありながら、自分自身に言い聞かせているようでもあった。
しかし、リヒェンツァは何も答えなかった。
肯定も否定もない。ただ黙って円花を見つめるだけだった。
「円花。テメェとこんな形で再会したくはなかった」
震える声。それでも、かつて恋人だった円花を真っ直ぐ見据え、一歩も退かずに言い切る。
「……そうね」
円花は寂しげに目を伏せた。
「私たちは、もう戻れない」
諦めにも似たその一言が、静かに庭園へ落ちる。
だが、その直後だった。
リヒェンツァは後方へ大きく跳躍する。
同時に、円花の鋭い右ストレートが、さきほどまでリヒェンツァの首があった空間を鋭く抉った。
「……最後の情けだと思って、受け取ってくれれば良かったのに」
「誰が好き好んで、んなもん受け取るかよ」
リヒェンツァは吐き捨てるように言うと、カレンデュラをそっと地面へ降ろす。
そして、再び地を蹴った。




