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追憶の辺獄  作者: 香取 仙狐
第二章 幻日の箱庭
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再演 part.7

 リュディオールが作り出した僅かな隙。

 その間に、バライバはカレンデュラを連れて走り出した。


「逃がさないわよ、バライバ」


 無詠唱。円花の放った火弾が、バライバの足元に咲いていたデイジーを焼き払う。


「――チッ! アタシはともかく、花が可哀想とは思わんのかい、薄情者が!」

「あんたが動くからじゃない! ――あ、ほら! チューリップ踏んでる!!」


 言葉だけ聞けば花を気遣っているようにも思える。

 だが、その実。円花は一切容赦なく、バライバの足元だけを正確に狙い撃ちしていた。


「――カレン、早く門から出な!」


 バライバはカレンデュラを前へ押し出す。

 そして、自ら円花の前へ立ちはだかった。


「アンタと、こんな形で対峙することになるとはね」

「ええ。そうね」


 円花の表情から、先ほどまでの柔らかな雰囲気が消える。


「元を辿れば、あんた達の自業自得じゃなくて?」


 円花が一歩踏み出す。

 それに合わせるように、バライバは横へ移動した。


「……あの時の借りを返したいのかい? 全く、執念深いこった」

「借りを返す?」


 円花は小さく笑う。


「冗談。あんたは、私に対して大きな勘違いをしているわ」


 円花の掌で、淡い風が渦巻く。


「――風よ、刃となりて切り裂け」


 初級魔術――だが、この女が放てば威力は別物だった。

 真空刃と化した風が一直線に駆け、バライバの頬を浅く裂く。


「ッチ! 本気を出すってかい!」

「――まだよ。これは序章に過ぎないわ」


 円花の瞳が、冷たく細められる。


「背後には気をつけた方がいいと思うわよ」


 その一言に、バライバは咄嗟に振り返る。

 出口へ向かうカレンデュラめがけ、黒い鎖が音もなく伸びていた。


「――光よ、我が命に従いて敵を討たん!」


 バライバは即座に魔術を発動する。

 光の矢が一直線に鎖へ向かって飛ぶ。


「――っ!」


 だが、それは囮だった。

 円花の本当の狙いは、バライバ自身。足元に巨大な魔法陣が浮かび上がる。


「クソッ!?」


 魔法陣から幾十もの鎖が飛び出し、瞬く間にバライバの四肢へ絡みついた。


「……これで終わりよ、バライバ」


 円花が静かに魔力を高める。

 呼応するように魔法陣が激しく輝きを放ち、鎖がさらに締め上げる。


 まるで万力に挟まれたかのような圧迫感。

 骨が軋み、四肢を鋭い痺れが駆け抜ける。


「させない!!」


 カレンデュラの足元へ小さな魔法陣が展開される。

 次の瞬間。数本の氷柱が一斉に放たれた。


「あら、カレンちゃん。初めましてかしら」


 円花は片手を軽く払う。

 その仕草だけで、氷柱はすべて霧となって掻き消えた。


「どうして、お婆ちゃんを狙うの!?」

「そうねぇ……」


 円花は穏やかに微笑む。


「恨むなら、自分を恨みなさい」

「……また、それなの」


 カレンデュラは、ぎゅっと奥歯を噛み締めた。


「カレン! 逃げな!! 勝ち目なんかない――!」

「――お婆ちゃん!」


 カレンデュラがバライバへ駆け寄ろうとした、その瞬間だった。鋭い風が駆け抜ける。白い頬に、一本の赤い線が走った。


 円花が放った風の刃が、紙一重で頬を掠めたのだ。


「あら、カレンちゃん。本当に魔力が開眼したのね。でも、それっぽっちの力で何ができるの?」


 円花の口元に、どこか歪んだ笑みが浮かぶ。


「そう……あたしには何もできない」


 カレンデュラは静かに呟く。


「魔術もまともに使えない。出来損ないだもの」


 一歩。また一歩。拘束されたバライバを庇うように、その前へ立つ。


「――でもね」


 真っ直ぐに円花を見据える。


「あたしは生きたい」


 その声は震えていた。

 それでも、瞳だけは揺らがない。


「どんなに世界に拒まれても、罵られても構わない」


 握り締めた拳から、かすかに魔力が立ち上る。


「――だけど、大切な人を守れるだけの力が欲しいの……お願い!!」


 カレンデュラは両手を組み合わせ、名も知らぬ神へ祈りを捧げた。


「カレン!」


 バライバの叫びが届く、その前に――空が裂けた。

 暗雲など、一つとしてない。

 それでも確かに、空間が音もなく裂け、その向こうから"何か"がゆっくりと降りてくる。


「――ま、まさか……!」

「そんな、はず……」


 バライバと円花が、ほぼ同時に息を呑む。


「……天燐精霊器、ですって」


 円花は信じられないものを見るように、その名を口にした。

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