再演 part.7
リュディオールが作り出した僅かな隙。
その間に、バライバはカレンデュラを連れて走り出した。
「逃がさないわよ、バライバ」
無詠唱。円花の放った火弾が、バライバの足元に咲いていたデイジーを焼き払う。
「――チッ! アタシはともかく、花が可哀想とは思わんのかい、薄情者が!」
「あんたが動くからじゃない! ――あ、ほら! チューリップ踏んでる!!」
言葉だけ聞けば花を気遣っているようにも思える。
だが、その実。円花は一切容赦なく、バライバの足元だけを正確に狙い撃ちしていた。
「――カレン、早く門から出な!」
バライバはカレンデュラを前へ押し出す。
そして、自ら円花の前へ立ちはだかった。
「アンタと、こんな形で対峙することになるとはね」
「ええ。そうね」
円花の表情から、先ほどまでの柔らかな雰囲気が消える。
「元を辿れば、あんた達の自業自得じゃなくて?」
円花が一歩踏み出す。
それに合わせるように、バライバは横へ移動した。
「……あの時の借りを返したいのかい? 全く、執念深いこった」
「借りを返す?」
円花は小さく笑う。
「冗談。あんたは、私に対して大きな勘違いをしているわ」
円花の掌で、淡い風が渦巻く。
「――風よ、刃となりて切り裂け」
初級魔術――だが、この女が放てば威力は別物だった。
真空刃と化した風が一直線に駆け、バライバの頬を浅く裂く。
「ッチ! 本気を出すってかい!」
「――まだよ。これは序章に過ぎないわ」
円花の瞳が、冷たく細められる。
「背後には気をつけた方がいいと思うわよ」
その一言に、バライバは咄嗟に振り返る。
出口へ向かうカレンデュラめがけ、黒い鎖が音もなく伸びていた。
「――光よ、我が命に従いて敵を討たん!」
バライバは即座に魔術を発動する。
光の矢が一直線に鎖へ向かって飛ぶ。
「――っ!」
だが、それは囮だった。
円花の本当の狙いは、バライバ自身。足元に巨大な魔法陣が浮かび上がる。
「クソッ!?」
魔法陣から幾十もの鎖が飛び出し、瞬く間にバライバの四肢へ絡みついた。
「……これで終わりよ、バライバ」
円花が静かに魔力を高める。
呼応するように魔法陣が激しく輝きを放ち、鎖がさらに締め上げる。
まるで万力に挟まれたかのような圧迫感。
骨が軋み、四肢を鋭い痺れが駆け抜ける。
「させない!!」
カレンデュラの足元へ小さな魔法陣が展開される。
次の瞬間。数本の氷柱が一斉に放たれた。
「あら、カレンちゃん。初めましてかしら」
円花は片手を軽く払う。
その仕草だけで、氷柱はすべて霧となって掻き消えた。
「どうして、お婆ちゃんを狙うの!?」
「そうねぇ……」
円花は穏やかに微笑む。
「恨むなら、自分を恨みなさい」
「……また、それなの」
カレンデュラは、ぎゅっと奥歯を噛み締めた。
「カレン! 逃げな!! 勝ち目なんかない――!」
「――お婆ちゃん!」
カレンデュラがバライバへ駆け寄ろうとした、その瞬間だった。鋭い風が駆け抜ける。白い頬に、一本の赤い線が走った。
円花が放った風の刃が、紙一重で頬を掠めたのだ。
「あら、カレンちゃん。本当に魔力が開眼したのね。でも、それっぽっちの力で何ができるの?」
円花の口元に、どこか歪んだ笑みが浮かぶ。
「そう……あたしには何もできない」
カレンデュラは静かに呟く。
「魔術もまともに使えない。出来損ないだもの」
一歩。また一歩。拘束されたバライバを庇うように、その前へ立つ。
「――でもね」
真っ直ぐに円花を見据える。
「あたしは生きたい」
その声は震えていた。
それでも、瞳だけは揺らがない。
「どんなに世界に拒まれても、罵られても構わない」
握り締めた拳から、かすかに魔力が立ち上る。
「――だけど、大切な人を守れるだけの力が欲しいの……お願い!!」
カレンデュラは両手を組み合わせ、名も知らぬ神へ祈りを捧げた。
「カレン!」
バライバの叫びが届く、その前に――空が裂けた。
暗雲など、一つとしてない。
それでも確かに、空間が音もなく裂け、その向こうから"何か"がゆっくりと降りてくる。
「――ま、まさか……!」
「そんな、はず……」
バライバと円花が、ほぼ同時に息を呑む。
「……天燐精霊器、ですって」
円花は信じられないものを見るように、その名を口にした。




