一匹狼 part.11
バイクのスターターを蹴り上げる。
低い唸り声と共に、エンジンが眠りから覚めた。
「道先案内は俺が務める」
リヒェンツァがヘルメット越しにインカムへ声を飛ばす。
「途中の街まではナビでも辿り着ける。だが、その先は別だ。あそこまでの道を知ってる奴は、そう多くねぇからな」
「任せたっす」
返ってきたリュディオールの声は、いつもより少しだけ硬かった。
今回の遠征において、彼の役割は大きい。
運転手として一行を運ぶだけではない。
『イル・マット』を、そしてウィリディアスを知る者として、彼には必要な判断を求められる。
一行は首都ロティリスを離れ、地方都市アルラトへ向かっていた。
車列は二台。
先頭を走るのは、リヒェンツァの乗るバイク。
その後方を、魔術師育成協会の面々を乗せたワゴンカーが続く。
「しかしまぁ……『幻日の箱庭』とやらがアルラトにあるとはねぇ」
助手席で、バライバがシートへ深く身体を預けながら呟いた。
「もっと人里離れた場所にでもあるのかと思ってたよ」
「……うん」
後部座席のカレンデュラは短く返事をし、窓の外へ視線を向ける。
高速道路を流れる景色は、どこまでも平坦だった。
変わらないコンクリート壁。行き交う色とりどりの車。穏やかな休日。
その先に、これから踏み込もうとしている危険区域があるとは思えないほどに。
「確か、アルラトは緑豊かな街だったと記憶しています」
ライツォフィオナが静かに口を開く。
「昔、仕事で訪れたことがあるのですが……。あの街に、そんな反社会的組織の拠点があるなどとは、想像もしていませんでした」
「まあ、普通に暮らしてる連中は知らなくて当然さね」
バライバは朝食のサンドイッチを頬張りながら、肩をすくめる。
『外から見りゃ、ただの薔薇園だからな』
車内のスピーカーから、リヒェンツァの声が割って入る。
『しかも結界が張られてる。許可のねぇ奴は、何をどう足掻いても敷地には入れねぇし』
「なら、その結界を壊せばいいんですか?」
エフィムが、前方を走るリヒェンツァへ問いかける。
『それじゃ意味がねぇ。壊した瞬間、向こうに侵入を知らせちまう』
「どういうこと? リヒェンツァさん」
『あの結界は、侵入を防ぐだけじゃねぇ。警報器も兼ねてる。壊した時点で、連中には異変が伝わる仕組みになってる』
「なら、どうやって侵入するんすか?」
『正面突破は論外だな』
リヒェンツァは即座に切り捨てた。
『門をくぐった瞬間、蜂の巣だから』
車内に、わずかな緊張が走る。
『……とはいえ、手がねぇわけじゃない』
「例えば?」
『結界を回避する方法は二つある』
リヒェンツァは一拍置いて続けた。
『一つ目は、結界の術式そのものをジャミングして無効化する方法だ。ただし、有効範囲はせいぜい半径数メートル。結界のすぐ近くまで接近しなきゃ使えねぇ』
「その隙に門を抜ければいいんじゃないの?」
カレンデュラが素朴な疑問を口にする。
『そういうわけにも行かねー』
リヒェンツァの声が、わずかに低くなる。
『結界を無効化できる時間は、ほんの数秒だ。それに、門へ近づくまでの間に感知される可能性がある』
「でも、結界自体は壊れてないですよね」
エフィムが確認するように尋ねる。
『ああ。だからこそ厄介なんだ』
リヒェンツァは短く答えた。
『結界を打ち消すことならできる。だが、下手な動きを見せれば、その瞬間に侵入を悟られる』
「なら――二つ目は?」
カレンデュラの問いに、リヒェンツァは一拍置いた。
『二つ目は――』
その時――。
ぽんっ、と気の抜けた電子音が車内に響く。
ナビが県を跨いだことを知らせる。
“――緑と水の都、アルラトへようこそ”
緊張した空気の中に、場違いな案内看板が通り過ぎていく。
一行は高速道路を降り、アルラトの中心都市へと続く一般道へ入る。
窓の外には、穏やかな街並みが広がっていた。
『……二つ目は、着いてから話す』




