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追憶の辺獄  作者: 香取 仙狐
第二章 幻日の箱庭
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一匹狼 part.9

 ヒタリ、ヒタリ……――。

 久しぶりに、雪ではなく雨が降った。


「ここかしら」


 湿った空気と土の匂いが鼻腔を刺激する中、ライツォフィオナは『カフェ・ド・メメント森』の前に立ち、静かに周囲を見渡した。


 雨音が石畳を叩く。

 水滴が建物の雨樋を伝い、雫となって落ちていく。


 街全体が、しめやかな湿気に包まれていた。


「ふん。呼び出されたのは己だけではなかったか」


 着流しに下駄という、どこか浮世離れした男が、鼻を鳴らしながら壁へ寄りかかる。


「……私はただ、少し気になっただけです。こんな朝早くから喫茶店を貸し切るなんて、余程重要な話なのでしょう?」


「さあな」


 男――空蝉は、興味なさげに肩を竦めた。


「どちらにせよ、命が惜しいなら首を突っ込むべきではなかろうぞ」


 空蝉は、窓越しに店内を静かに窺った。


「私は知りたいのです。ウィリディアス・ルカ・グレイスという人物が、どのような人物なのか。そして……」


 ライツォフィオナは言葉を飲み込む。


「あの人物が、何を見て、何を望んでいるのかを」

「そうか」


 空蝉は小さく頷き、静かに目を閉じる。


「貴様もまた、あの男に焦らされた一人か」


 その声音に責める色はない。ただ、どこか同情にも似た響きがあった。


「ならば、共に見届けるとしようぞ」


 ライツォフィオナは小さく息を吐くと、迷いを振り払うように扉へ手を掛けた。


 カラン、カラン……。

 のどかなベルの音が、静かな店内へ響く。


「――っ」


 ライツォフィオナの目がわずかに見開かれる。


 バライバ。エフィム。リヒェンツァ。

 魔術師育成協会の主要人物が、一堂に会していた。


「……ライツォフィオナさん。どうしてここに」


 驚いたようにエフィムが身を乗り出す。


「それは、こちらの台詞です」


 ライツォフィオナもまた戸惑いを隠せず、店内をゆっくりと見渡した。


「ああ、やっぱり来たんだ」


 バライバは肩をすくめ、苦笑する。


「ま、座んな。追い返したって、アンタはどうせ帰らないんだろ?」

「――さすが、お目が高いようで」


 ライツォフィオナは、皮肉を滲ませながら片方の口角を上げた。


「その通りですよ、バライバ理事長」

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