一匹狼 part.9
ヒタリ、ヒタリ……――。
久しぶりに、雪ではなく雨が降った。
「ここかしら」
湿った空気と土の匂いが鼻腔を刺激する中、ライツォフィオナは『カフェ・ド・メメント森』の前に立ち、静かに周囲を見渡した。
雨音が石畳を叩く。
水滴が建物の雨樋を伝い、雫となって落ちていく。
街全体が、しめやかな湿気に包まれていた。
「ふん。呼び出されたのは己だけではなかったか」
着流しに下駄という、どこか浮世離れした男が、鼻を鳴らしながら壁へ寄りかかる。
「……私はただ、少し気になっただけです。こんな朝早くから喫茶店を貸し切るなんて、余程重要な話なのでしょう?」
「さあな」
男――空蝉は、興味なさげに肩を竦めた。
「どちらにせよ、命が惜しいなら首を突っ込むべきではなかろうぞ」
空蝉は、窓越しに店内を静かに窺った。
「私は知りたいのです。ウィリディアス・ルカ・グレイスという人物が、どのような人物なのか。そして……」
ライツォフィオナは言葉を飲み込む。
「あの人物が、何を見て、何を望んでいるのかを」
「そうか」
空蝉は小さく頷き、静かに目を閉じる。
「貴様もまた、あの男に焦らされた一人か」
その声音に責める色はない。ただ、どこか同情にも似た響きがあった。
「ならば、共に見届けるとしようぞ」
ライツォフィオナは小さく息を吐くと、迷いを振り払うように扉へ手を掛けた。
カラン、カラン……。
のどかなベルの音が、静かな店内へ響く。
「――っ」
ライツォフィオナの目がわずかに見開かれる。
バライバ。エフィム。リヒェンツァ。
魔術師育成協会の主要人物が、一堂に会していた。
「……ライツォフィオナさん。どうしてここに」
驚いたようにエフィムが身を乗り出す。
「それは、こちらの台詞です」
ライツォフィオナもまた戸惑いを隠せず、店内をゆっくりと見渡した。
「ああ、やっぱり来たんだ」
バライバは肩をすくめ、苦笑する。
「ま、座んな。追い返したって、アンタはどうせ帰らないんだろ?」
「――さすが、お目が高いようで」
ライツォフィオナは、皮肉を滲ませながら片方の口角を上げた。
「その通りですよ、バライバ理事長」




