一匹狼 part.8
『カフェ・ド・メメント森』
静謐な空間に、ジャズ・ミュージックが静かに流れている。
店内はほどよく照明が落ち、カウンター席を照らすスポットライトだけが、柔らかな光を落としていた。
ボックス席に座るエフィムは、どこか落ち着かない様子で店内を見回している。
「そう緊張することないさね。今日は貸切だから」
バライバは頬杖をつき、面白そうに口元を緩めた。
「それから坊ちゃん。まずは、このアタシに感謝しなね。アンタら、本当ならまだ謹慎中なんだからさ」
肩をすくめると、そのままリヒェンツァへ視線を向ける。
「特にアンタ。アルキンのお陰で大事にならずに済んだんだ。顔合わせたら、礼の一つくらい言っときな」
「ふん」
リヒェンツァは鼻を鳴らし、ソファの背にもたれかかる。
「こんな騒ぎにならなきゃ、とっくに言ってるっつの。誰かさんのお陰で、それどころじゃなくなったけどな」
「それって、まさかわたしのことです?」
「ちょ、二人とも! お願いだから喧嘩はやめてったら!!」
カレンデュラが慌てて二人の間へ割って入る。
――そのときだった。
「遅れてすんません!」
リュディオールが額に薄く汗を浮かべ、慌ただしく店内へ駆け込んできた。
その声に、一同の視線が自然と彼へ集まる。
「えーと……皆さん、お揃いっすね。一応、六時には家を出たんすけど……」
「んな事どうでもいいから、まずは座れ」
リヒェンツァは呆れたように息をつき、顎でバライバの隣を示した。
「……それで、進展はあったんすか?」
「ねーよ」
「ないねぇ」
「あったら良かったんですが……」
「ねぇ、本当に連絡つかないの?」
それぞれが項垂れたり、天井を仰いだりと、思い思いに沈黙する。
重苦しい空気だけが、静かに店内を満たした。
「あの、一ついい?」
その沈黙を破るように、カレンデュラがおずおずと口を開いた。
「その……あたしを殺そうとしたのも、そのウィリディアスって人なんだよね? でも、なんでなの?」
その問いに、店内の空気がさらに重く沈む。
「……それは、わたしも聞きたいです。ウィリディアスは、どうして魔術師育成協会を目の敵にするんです?」
「いや、違う」
リヒェンツァが間髪入れずに否定した。
「アイツの狙いは協会じゃねぇ。カレンそのものだ」
「カレンデュラさん本人……?」
「……正確には、『カレンデュラを含む存在そのもの』さね」
バライバは言葉を選ぶように、静かに続ける。
「本来なら、この世にいるはずのない存在。だからアイツは、それを消そうとしてるのさ」
「なんですか、それ……。それじゃ、まるで――」
「まるで、なんだい?」
逆に問い返され、エフィムは一瞬だけ言葉を失う。
だが、やがて静かに顔を上げた。
「カレンデュラさんが……“偽物”みたいじゃないですか」
「“偽物”、か……」
カレンデュラは、その言葉を噛みしめるように小さく呟いた。
『ねぇ、おかしいよね。君は何者にもなれない、無力なお人形さんなんだよ』
あの日、ウィリディアスに告げられた言葉が、今になって鋭く胸を抉る。
「あたし、生きてちゃいけないのかな」
「んな訳ねーだろ」
リヒェンツァは運ばれてきたシナモントーストを、無造作にカレンデュラの前へ押しやる。
「冷めないうちに食え。後悔は腹が減ってからで十分だ」
「……ありがとう」
カレンデュラは、小さく微笑みながら礼を口にした。




