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追憶の辺獄  作者: 香取 仙狐
第二章 幻日の箱庭
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一匹狼 part.4

 魔術師育成協会の理事室。

 広く厳粛な空間に、重苦しい空気が漂っていた。


「よく集まった」


 相変わらず、Tシャツにジーパンという幹部らしからぬラフな格好の女――バライバが低く言う。


 リヒェンツァ、リュディオール、カレンデュラ、そしてエフィムが並び立つ。


「それで、話って何だ?」


 痺れを切らしたようにリヒェンツァが尋ねると、バライバはわざと勿体ぶるように顎をしゃくった。


「そこの坊ちゃんに聞きな」


 示された先には、エフィムがいた。


「えっと、その……昨日の朝からヴォルーツォさんの姿が見えなくて……」

「なんでもっと早く言わねーんだよ、ガキ」

「リヒェンツァさん、喧嘩はやめてよ」


 カレンデュラが慌てて二人の間へ割って入る。

 バライバは呆れたようにため息をつき、腰へ手を当てた。


「エフィム坊ちゃんの話じゃ、昨日から姿が見えないらしい。まあ、普段の問題行動を考えりゃ、誰も気に留めなかったんだろうが」

「一日中探し回ったんです。行きそうな場所は、手当たり次第に……。だけど」


 エフィムはぐっと唇を噛む。


「魔力の痕跡も、姿も、何も見当たらないんです」

「はぁ、だからどうしたんだよ。俺だって暇じゃねーんだぞ」


 リヒェンツァは冷たく言い放つ。

 一方、カレンデュラはおろおろするばかりで、リュディオールはいつもの調子で間延びした声を上げた。


「まあ、あの人なら大丈夫じゃないっすか。きっと飲みに行ったまま酔っ払って、その辺で寝てるだけすよ」

「ヴォルーツォさんは……」


 その言葉に、エフィムがぽつりと呟く。


「ヴォルーツォさんは、そんな人じゃないです」


 その瞳には、揺るがない意志が宿っていた。


「……それに、最近、妙なことを言ってました」

「妙?」

「『幻日の箱庭』が、どうとか」


 その名を聞いた瞬間、リヒェンツァとリュディオールの表情が変わる。

 カレンデュラが不安そうに二人を見つめる中、バライバが静かに口を開いた。


「潰しに行ったのかもねぇ……?」


 冗談とも本気ともつかない一言だった。


「――質問!」


 リヒェンツァが右手を挙げ、発言権を求める。


「そもそも、テメェはどこまで知ってんだよ、ガキ。答えろ。回答次第で、これ以上関わるか、関わらねーか決めてやる」

「リヒェ姐――!」


 リュディオールが咎めるように声を上げる。

 だが、リヒェンツァは一瞥すらくれず、鋭い眼光をエフィムへ向けた。


「ウィリディアスと兄弟だとか。人間じゃなくてホムンクルスだとか。もう、長くないとか」


 エフィムは俯いたまま、ズボンをぎゅっと握りしめる。

 リヒェンツァは小さく鼻を鳴らした。


「……へぇ。アイツがそこまで話すっつーことは、それなりにテメェへ関心があるみたいだな」


 その声音には、ほんの僅かに愉悦が滲んでいた。

 エフィムはなおも沈黙を貫く。


 だが、その沈黙を破ったのはカレンデュラだった。


「あんまり、エフィム会長くんを苛めないでよ、リヒェンツァさん」

「虐めてねーよ。こっちだって損得勘定で生きてんだ。慈善事業じゃねーんだよ」


 リヒェンツァは冷たく言い放つ。


「それで、何か言いたいことあんのか、ガキ」

「……知ってる情報なら、全部話します」


 エフィムは静かに顔を上げた。

 そこに浮かんでいたのは、何の感情も読み取れない、空虚な表情だけだった。


「まず、どこからお話ししましょう」

「俺らも暇じゃねーって言ってんべ。昔話はいいから、失踪する前に何か変わったことはなかったのか聞いてんだよ。行きつけの店でも何でもいい。あるのか、ないのか、どっちだっつの」


 エフィムはリヒェンツァを見つめたまま、黙り込む。

 その様子に、カレンデュラが心配そうに口を開いた。


「その、『幻日の箱庭』ってところにいるんじゃなくて?」

「……いや、それはねーっすね」


 リュディオールが首を横に振る。


「あそこの結界は簡単に破れるもんじゃないですし、何よりヴォルーツォの魔力を感知した瞬間、消滅するように設計されてるって旦那さまが」

「旦那さま、ねぇ?」


 黙っていたバライバが、茶化すように呟く。

 リュディオールは気まずそうに視線を逸らすと、再びエフィムへ向き直った。


「他にはないんすか?」

「――まさか、ウィリディアスに直接会いに行ったんじゃ……」


 ようやくそこでエフィムが口を開く。


「それはないねぇ。今のヴォルーツォじゃ、太刀打ちできないもん」


 あっさりとバライバが否定する。その言葉には、微かな棘があった。


「どうして言い切れるんですか、バライバ理事長」

「なんで? ねぇ、リヒェンツァ」

「俺に振るなよ」


「……その、一ついい?」


 カレンデュラが、おずおずと手を挙げる。


「さっきから、何の話をしてるのかさっぱりで……。まずは整理させてほしいなって思って」

「なるほどねぇ。それもそうだ」


 バライバは感心したように腕を組んだ。


「『イル・マット』の話なら、アタシなんかより、リヒェンツァのほうが詳しいだろうよ。なんせ、そこの姐さんは元幹部だったんだからね」

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