一匹狼 part.4
魔術師育成協会の理事室。
広く厳粛な空間に、重苦しい空気が漂っていた。
「よく集まった」
相変わらず、Tシャツにジーパンという幹部らしからぬラフな格好の女――バライバが低く言う。
リヒェンツァ、リュディオール、カレンデュラ、そしてエフィムが並び立つ。
「それで、話って何だ?」
痺れを切らしたようにリヒェンツァが尋ねると、バライバはわざと勿体ぶるように顎をしゃくった。
「そこの坊ちゃんに聞きな」
示された先には、エフィムがいた。
「えっと、その……昨日の朝からヴォルーツォさんの姿が見えなくて……」
「なんでもっと早く言わねーんだよ、ガキ」
「リヒェンツァさん、喧嘩はやめてよ」
カレンデュラが慌てて二人の間へ割って入る。
バライバは呆れたようにため息をつき、腰へ手を当てた。
「エフィム坊ちゃんの話じゃ、昨日から姿が見えないらしい。まあ、普段の問題行動を考えりゃ、誰も気に留めなかったんだろうが」
「一日中探し回ったんです。行きそうな場所は、手当たり次第に……。だけど」
エフィムはぐっと唇を噛む。
「魔力の痕跡も、姿も、何も見当たらないんです」
「はぁ、だからどうしたんだよ。俺だって暇じゃねーんだぞ」
リヒェンツァは冷たく言い放つ。
一方、カレンデュラはおろおろするばかりで、リュディオールはいつもの調子で間延びした声を上げた。
「まあ、あの人なら大丈夫じゃないっすか。きっと飲みに行ったまま酔っ払って、その辺で寝てるだけすよ」
「ヴォルーツォさんは……」
その言葉に、エフィムがぽつりと呟く。
「ヴォルーツォさんは、そんな人じゃないです」
その瞳には、揺るがない意志が宿っていた。
「……それに、最近、妙なことを言ってました」
「妙?」
「『幻日の箱庭』が、どうとか」
その名を聞いた瞬間、リヒェンツァとリュディオールの表情が変わる。
カレンデュラが不安そうに二人を見つめる中、バライバが静かに口を開いた。
「潰しに行ったのかもねぇ……?」
冗談とも本気ともつかない一言だった。
「――質問!」
リヒェンツァが右手を挙げ、発言権を求める。
「そもそも、テメェはどこまで知ってんだよ、ガキ。答えろ。回答次第で、これ以上関わるか、関わらねーか決めてやる」
「リヒェ姐――!」
リュディオールが咎めるように声を上げる。
だが、リヒェンツァは一瞥すらくれず、鋭い眼光をエフィムへ向けた。
「ウィリディアスと兄弟だとか。人間じゃなくてホムンクルスだとか。もう、長くないとか」
エフィムは俯いたまま、ズボンをぎゅっと握りしめる。
リヒェンツァは小さく鼻を鳴らした。
「……へぇ。アイツがそこまで話すっつーことは、それなりにテメェへ関心があるみたいだな」
その声音には、ほんの僅かに愉悦が滲んでいた。
エフィムはなおも沈黙を貫く。
だが、その沈黙を破ったのはカレンデュラだった。
「あんまり、エフィム会長くんを苛めないでよ、リヒェンツァさん」
「虐めてねーよ。こっちだって損得勘定で生きてんだ。慈善事業じゃねーんだよ」
リヒェンツァは冷たく言い放つ。
「それで、何か言いたいことあんのか、ガキ」
「……知ってる情報なら、全部話します」
エフィムは静かに顔を上げた。
そこに浮かんでいたのは、何の感情も読み取れない、空虚な表情だけだった。
「まず、どこからお話ししましょう」
「俺らも暇じゃねーって言ってんべ。昔話はいいから、失踪する前に何か変わったことはなかったのか聞いてんだよ。行きつけの店でも何でもいい。あるのか、ないのか、どっちだっつの」
エフィムはリヒェンツァを見つめたまま、黙り込む。
その様子に、カレンデュラが心配そうに口を開いた。
「その、『幻日の箱庭』ってところにいるんじゃなくて?」
「……いや、それはねーっすね」
リュディオールが首を横に振る。
「あそこの結界は簡単に破れるもんじゃないですし、何よりヴォルーツォの魔力を感知した瞬間、消滅するように設計されてるって旦那さまが」
「旦那さま、ねぇ?」
黙っていたバライバが、茶化すように呟く。
リュディオールは気まずそうに視線を逸らすと、再びエフィムへ向き直った。
「他にはないんすか?」
「――まさか、ウィリディアスに直接会いに行ったんじゃ……」
ようやくそこでエフィムが口を開く。
「それはないねぇ。今のヴォルーツォじゃ、太刀打ちできないもん」
あっさりとバライバが否定する。その言葉には、微かな棘があった。
「どうして言い切れるんですか、バライバ理事長」
「なんで? ねぇ、リヒェンツァ」
「俺に振るなよ」
「……その、一ついい?」
カレンデュラが、おずおずと手を挙げる。
「さっきから、何の話をしてるのかさっぱりで……。まずは整理させてほしいなって思って」
「なるほどねぇ。それもそうだ」
バライバは感心したように腕を組んだ。
「『イル・マット』の話なら、アタシなんかより、リヒェンツァのほうが詳しいだろうよ。なんせ、そこの姐さんは元幹部だったんだからね」




