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追憶の辺獄  作者: 香取 仙狐
第二章 幻日の箱庭
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一匹狼 part.2

「……結局、何処にも行く所なんかないんだな」


『イル・マット』を脱退し、魔術師育成協会へ寝返った末、その実力を認められて幹部にまで上り詰めた。


 それでも、今さら協会へ残る気にもなれない。

 かといって、『イル・マット』へ戻ることも叶わない。

 リヒェンツァはそっと胸元に手を当て、静かに目を閉じる。


 途端に、忌まわしい記憶が鮮明によみがえった。

 何もかもを失ったあの夜。

 何も言わず、円花に別れを告げたあの日。


 もう『イル・マット』には戻らないと誓ったはずなのに、心のどこかでは未だに未練を断ち切れずにいる。


 そんな自分の弱さが、ひどく情けなかった。

 それでも、それでも――忘れなければ、前には進めない。


「……――ツァさん! リヒェンツァさん!! 危ないよ!!」


 リヒェンツァはハッと我に返り、慌てて手元を見た。

 包丁を握るその手を、カレンデュラが強く掴んでいる。


 どうやら料理の最中だということも忘れ、考え込んでしまっていたらしい。

 あと数センチずれていれば、自分の指を切り落としていた。


「リヒェンツァさん……やっぱり代わろうか?」


 心配そうに覗き込むカレンデュラへ、リヒェンツァは努めて平静を装い、小さく息をつく。


「悪ぃ。ちょっと疲れてるだけだ。昨日の今日で、色々ありすぎたからな」

「気持ちは分かるけど……昨日の夜も、ほとんど眠れてなかったんでしょ? 少し休んだほうがいいんじゃ……」


 気遣うような視線を向けるカレンデュラに、リヒェンツァは静かに首を横へ振った。


「そういう訳にもいかねーだろ。仕事もあるんだし」

「そうかなぁ……あ、そうだ!」


 カレンデュラは納得いかない様子で唇を尖らせたが、何か思いついたのか、ぱっと両手を合わせた。


「明日、お休みなんでしょ? せっかくだし、どこか遊びに行こうよ」


 思いもよらない提案に、リヒェンツァは目を瞬かせる。カレンデュラは嬉しそうに言葉を続けた。


「えーと、ほら、美味しいもの食べたりとか! あたし、デパートっていうの行ったことないから、どうせなら行ってみたいなーなんて……ダメ?」


 カレンデュラは上目遣いでリヒェンツァを見上げる。

 リヒェンツァは少しだけ考え込むと、静かに微笑んだ。


「……しゃーねーな、付き合ってやるよ」

「本当!?」


 カレンデュラの瞳がぱっと輝く。リヒェンツァは小さく苦笑し、包丁を置いた。


「ああ、約束だ」

「嬉しい! 明日、楽しみにしてるね!」

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