驚いた part.8
午後からは座学。
カレンデュラは、魔術師育成協会の図書館へ足を運んでいた。
静謐な空間に、紙をめくる音だけが響く。
「集中しないと……」
手元には、基礎用の教科書。
図解や注釈が豊富で、子どもでも理解しやすいよう工夫されている。
それでも、思うように頭へ入ってこない。
「……あの子じゃない?」
「ああ、例の」
時折、ひそひそとした声が耳に届く。
聞こえないふりをしても、その言葉だけは妙に残った。
「はぁ……」
リュディオールが向けた、あの冷たい眼差し。
思い返すたび、胸の奥がちくりと痛む。
「あたしは、ここにいちゃいけない存在なのかな」
机の下で、投げ出した足を所在なげに揺らす。
「なんか、自信なくなってきたな……」
「――カレンさん」
不意に、柔らかな声が降ってきた。
顔を上げると、そこには見慣れた穏やかな笑みがある。
「勉強の進捗はいかがですか」
アルキンドラネスが静かに歩み寄ってきた。
「アルキンさん……」
「どうかなされましたか?」
顔を覗き込むように首を傾げ、そのまま向かいの席へ腰を下ろす。
「進み具合はいかがでしょう。私でよろしければ、お教えいたしますが」
あくまで世間話でも始めるかのような、自然な口調だった。
「大丈夫です。少し疲れただけなので」
「おや?」
アルキンドラネスは不思議そうに目を細める。
「気疲れでしょうか。あまり根を詰めても身につきませんよ。時には休息も大切ですから」
「あ、ありがとうございます」
「そうそう。これから娘と実技訓練を行う予定でして。よろしければ、ご一緒しませんか?」
「え――!」
思わず身を乗り出す。
魔術を実際に学べる機会。またとない機会だった。
「お邪魔でなければ、ぜひ……お願いしたいです」
「もちろん、邪魔などではありません。では、早速参りましょうか」
アルキンドラネスは穏やかに微笑み、席を立つ。
そうと決まれば早かった。
カレンデュラは教本を書架へ戻し、その後を追う。
「そういえば、アルキンドラネスさんの娘さんって、どんな方なんですか?」
前を歩くアルキンドラネスの背中へ問いかける。
「魔術師育成学校への入学を目指して勉強中の、小学生です」
「小学生……」
「ええ。魔術師育成学校を卒業したからといって、必ずしも魔術師育成協会へ所属できるわけではありません。しかし、その教育課程を修了しておくことは、今後の魔術社会で生きていく上で大きな意味を持ちます」
アルキンドラネスは振り返ることなく、穏やかな口調で語り続ける。
「ですから、どうぞ気兼ねなく娘と接してやってください。女性同士ですし、その方が互いに気も楽でしょう」
「……はい。よろしくお願いします!」
カレンデュラは小さく息を吐き、静かに頷いた。




