驚いた part.5
カレンデュラは図書館を後にし、リヒェンツァの家へ戻ってきていた。
「……ああ、疲れた」
魔術師育成協会からそれほど離れているわけではない。
それでも、ほとんど運動らしい運動をしたことのない彼女にとって、この数分の距離を移動するだけでも苦行だった。
「試験って、机に向かうだけじゃなくて、体力勝負なところもあるみたいだし……頑張らないとなぁ」
門に手をかけてから、ようやく決意するようにそう呟く。
「本当に魔術師になれるのかな、あたし……」
漠然とした不安を胸に抱えたまま、カレンデュラは門を押し開けた。
掌に、ひんやりとした金属の感触が残る。
「おう、おかえり」
リビングから、リヒェンツァがちょうどいいタイミングで顔を出した。
「た、ただいまです……」
慣れない挨拶が、少し引っかかるように口から落ちる。
「どうした。顔色悪いな」
「いや、図書館に行ってきたんですけど……なんか、疲れちゃって……」
「ほーん」
リヒェンツァは腕を組み、そのまま数歩で距離を詰めてくる。
「勉強より体力が先に死んでんのか」
「……そうみたいです。まさか、この距離でこんなに疲れるとは思わなくて」
カレンデュラは小さく息を吐いた。情けなさが混じるため息だった。
「それで、何か収穫はあったのか?」
「えっと、とりあえず基礎の教本と、あと問題集を少し……」
「ほう」
リヒェンツァは短く声を漏らし、わずかに顎を引いて頷いた。
「いい心がけじゃねぇか」
「……そうかなぁ、勉強はいいとして、体力がどうしても……」
「だよなぁ」
同意するように肩をすくめると、リヒェンツァはカレンデュラの肩を軽く叩いた。
「明日から軽くランニングでも付き合ってやる。まずは体力作りだな」
カレンデュラは目を伏せ、小さくため息をつく。
「走るんですかぁ……しんどそう……」
「お前みたいな体力ゼロ人間に、最初から全力疾走なんてさせねぇよ」
返事は実にあっさりしていた。
「そもそも、いきなり全力で走ろうなんて考えんな。三日も保たずに潰れる」
妙に実感のこもった口調だった。
「無理なトレーニングなんざ、ただの自己満足だ。続かねぇし、体も壊す。体力づくりってのは、結局のところ継続がすべてなんだよ」
そう言いながら、リヒェンツァはわずかに口元を緩める。
「俺、こう見えてもジャンパカダじゃ実戦訓練の教官だったんだぞ。体力の鍛え方くらいは教えてやれるさ」
カレンデュラは少し驚いたように目を見開く。
「実戦……訓練?」
「おう!」
リヒェンツァはどこか悪戯っぽく、ニヤリと笑った。
「昔はいろいろやらかしたもんだ。おかげで、嫌われ役には慣れちまったけどな」
「……そっか」
カレンデュラはスカートの裾を、ぎゅっと右手で握り締めた。
「どうして――同じ女なのに、こんなにも違うんだろう」
思わず、唇からこぼれ落ちた独り言だった。
「なんか言ったか?」
「ううん、何でもない」
カレンデュラは小さく首を振る。
その仕草はどこか弱々しく、胸の奥にある何かを押し隠そうとしているようだった。




