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追憶の辺獄  作者: 香取 仙狐
第二章 幻日の箱庭
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驚いた part.5

 カレンデュラは図書館を後にし、リヒェンツァの家へ戻ってきていた。


「……ああ、疲れた」


 魔術師育成協会からそれほど離れているわけではない。

 それでも、ほとんど運動らしい運動をしたことのない彼女にとって、この数分の距離を移動するだけでも苦行だった。


「試験って、机に向かうだけじゃなくて、体力勝負なところもあるみたいだし……頑張らないとなぁ」


 門に手をかけてから、ようやく決意するようにそう呟く。


「本当に魔術師になれるのかな、あたし……」


 漠然とした不安を胸に抱えたまま、カレンデュラは門を押し開けた。

 掌に、ひんやりとした金属の感触が残る。


「おう、おかえり」


 リビングから、リヒェンツァがちょうどいいタイミングで顔を出した。


「た、ただいまです……」


 慣れない挨拶が、少し引っかかるように口から落ちる。


「どうした。顔色悪いな」

「いや、図書館に行ってきたんですけど……なんか、疲れちゃって……」

「ほーん」


 リヒェンツァは腕を組み、そのまま数歩で距離を詰めてくる。


「勉強より体力が先に死んでんのか」

「……そうみたいです。まさか、この距離でこんなに疲れるとは思わなくて」


 カレンデュラは小さく息を吐いた。情けなさが混じるため息だった。


「それで、何か収穫はあったのか?」

「えっと、とりあえず基礎の教本と、あと問題集を少し……」

「ほう」


 リヒェンツァは短く声を漏らし、わずかに顎を引いて頷いた。


「いい心がけじゃねぇか」

「……そうかなぁ、勉強はいいとして、体力がどうしても……」

「だよなぁ」


 同意するように肩をすくめると、リヒェンツァはカレンデュラの肩を軽く叩いた。


「明日から軽くランニングでも付き合ってやる。まずは体力作りだな」


 カレンデュラは目を伏せ、小さくため息をつく。


「走るんですかぁ……しんどそう……」

「お前みたいな体力ゼロ人間に、最初から全力疾走なんてさせねぇよ」


 返事は実にあっさりしていた。


「そもそも、いきなり全力で走ろうなんて考えんな。三日も保たずに潰れる」


 妙に実感のこもった口調だった。


「無理なトレーニングなんざ、ただの自己満足だ。続かねぇし、体も壊す。体力づくりってのは、結局のところ継続がすべてなんだよ」


 そう言いながら、リヒェンツァはわずかに口元を緩める。


「俺、こう見えてもジャンパカダじゃ実戦訓練の教官だったんだぞ。体力の鍛え方くらいは教えてやれるさ」


 カレンデュラは少し驚いたように目を見開く。


「実戦……訓練?」

「おう!」


 リヒェンツァはどこか悪戯っぽく、ニヤリと笑った。


「昔はいろいろやらかしたもんだ。おかげで、嫌われ役には慣れちまったけどな」


「……そっか」


 カレンデュラはスカートの裾を、ぎゅっと右手で握り締めた。


「どうして――同じ女なのに、こんなにも違うんだろう」


 思わず、唇からこぼれ落ちた独り言だった。


「なんか言ったか?」

「ううん、何でもない」


 カレンデュラは小さく首を振る。


 その仕草はどこか弱々しく、胸の奥にある何かを押し隠そうとしているようだった。

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