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追憶の辺獄  作者: 香取 仙狐
第二章 幻日の箱庭
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驚いた part.4

 静謐な空間に、紙の擦れる音だけが落ちていた。

 天井近くの小窓から差し込む光が、柔らかく床へ沈んでいく。


 カレンデュラは適当に見繕った本を机に広げ、ぱらぱらとページをめくった。


「どうでしょう、試験内容は」

「……全然わからないです」


 即答――迷いも遠慮もない、見事なまでの敗北宣言。


「そうですか……。では、まず基礎から学ぶべきですね」


 アルキンドラネスは静かに書架へ視線を滑らせると、無駄のない動作で数冊を抜き取って戻ってきた。


「こちらを」


 差し出されたのは、基礎用語の教本。

 表紙は古びているが、丁寧に扱われているのが分かる。

 挿絵の魔術師は時代錯誤な衣装で、妙に偉そうに立っていた。


「ありがとうございます」


 カレンデュラは素直に受け取り、ページを一枚、二枚とめくる。


 ――数秒後。


「……うん、全然わかんない」


 小さく落ちた声は、図書館の静寂にやけに響いた。


 アルキンドラネスは一瞬だけ目を細め、それから軽く息を吐くように笑う。


「まあ、最初はそんなものです。理解できないことを認識できているだけ、十分です」


 慰めとしては優しい部類だった。


「じゃあ、小さなことからコツコツと……ですかね」

「ええ。何事も基礎の積み重ねです」


 言葉だけは丁寧に揃えられている。


 その整った静けさの中で、ページをめくる音だけが、やけに現実的だった。


「……さてと」


 アルキンドラネスは椅子から立ち上がると、腰を軽く叩き、ひとつ伸びをした。


「そろそろ私は失礼いたしますね」

「あ、ありがとうございました!」


 カレンデュラは慌てて立ち上がり、深々と頭を下げた。


 受け取った知識以上に、その一つひとつの所作が、今の自分には得がたい経験のように思えた。


「何かあれば、遠慮なく申し付けてください。それから」


 アルキンドラネスはそう言いながら、ゆっくりとカレンデュラの方へ向き直る。


「魔術師の資格取得試験は、半年先です。今はまず、基礎を固める時期だとお考えください。実技に時間を割きたくなるお気持ちも分かりますが、先に知識で土台を築いておくことが重要です」


 穏やかに言葉を紡ぎながらも、その声音には、どこか釘を刺すような響きがあった。


「試験日までに全てを覚えられるなどと驕らず、一日一日を大切に。それでは」


 そう言い残すと、彼は踵を返し、ゆったりとした足取りで図書館を後にした。


「一日、一日か」


 カレンデュラはその背中を見送り、再び机へと視線を戻す。


「まずは、一日分から……始めよう」


 カレンデュラは改めて参考書を開き、ゆっくりと目を走らせ始めた。

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