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追憶の辺獄  作者: 香取 仙狐
第二章 幻日の箱庭
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風の語り部 part.10

「――という訳で、寮の話は無しだ」


 女子寮から戻ってきたリヒェンツァは、開口一番そう告げた。


「はあ……」


 カレンデュラは困ったように苦笑する。


「気に掛けてくださるのは嬉しいですけど……少し過保護すぎますよ」


 その言葉に、リヒェンツァは眉をひそめた。


「過保護だぁ? 何かあってからじゃ遅ぇんだぞ」


 頑として譲る気はない。


「だから当分は俺の目の届く範囲で――」

「ふぁぁ……」


 小さな欠伸。


「……おい」


 ぽこん、と軽く頭を小突く。


「人が真面目な話してる最中に寝んなや、このコンニャロめ」


 カレンデュラは慌てて口元を押さえた。


「えー、だってぇ……」


 言い訳を探すように視線を泳がせる。


「昨日、ほとんど眠れなかったんだもん」


 リヒェンツァは鼻で笑った。


「ったく、しゃーねぇなぁ……。そうかそうか、そんなに元気が余ってんなら、身体に直接叩き込んでやるしかねぇみてぇだ」


 妖しく口角を吊り上げる。


「え、ちょっ!? じょ、冗談ですよね!?」


 じり、と一歩。

 カレンデュラは慌てて掛け布団を胸元まで引き寄せる。


「ま、待ってくださいっ! 心の準備がぁぁっ!」


 リヒェンツァが布団へ手を伸ばした、その瞬間。


 ――ゴンッ!!


「いっっっっだぁぁぁ!? 誰だよッ!!」


 脳天を押さえながら振り返る。

 そこには、腕を組んだリュディオールが立っていた。


 手には一本の木刀。

 どうやら、それで遠慮なく叩き伏せたらしい。


「リヒェ姐」


 声音だけは、妙に穏やかだった。


「そういう行為は、自宅かホテルでって言いましたよね」


 一拍置く。


「少なくとも五回は」


 リヒェンツァの眉がぴくりと動く。


「これじゃあ、誰かさん達のことを悪く言えないっス」


 痛いところを突かれた。

 リヒェンツァは口を開きかけ、そのまま閉じる。


「……すんませんでした」


 今日は珍しく、素直に頭を下げる。

 その様子に、リュディオールは深々とため息をつく。

 そして無言のまま、リヒェンツァへ右手を差し出した。


「オレ達部下は、リヒェ姐のことを心から尊敬してるっス。たとえ最後の一人になったとしても、絶対に見捨てたりしませんから」

「……テメェ、そういう恥ずい台詞、よく臆面もなく言えるよな」


 照れ隠しに鼻を鳴らしながらも、リヒェンツァは差し出された右手を軽く叩いた。


 その様子を見届けると、カレンデュラは満足そうに頷く。


「うんうん、一件落着ですね! それじゃあ、あたし夕飯なので失礼しまーす!」


 ベッドからひょいと降り、そのまま二人の脇をすり抜けようとする。


「待て待て待て待て待てぇぇぇぇいッ!!」


 リヒェンツァの叫びが仮眠室に響いた。


「まだ話は終わってねぇだろうが!」

「えぇ……まだ続けるんですか?」


 心底うんざりしたような声音。


 やはり、この娘は何も分かっていない。

 男への警戒心も、自分の置かれた立場も、危機感というものが決定的に欠けている。


 これは本気で叩き込まなければ駄目だ。

 それこそ、どこぞの支部長よろしく、折檻してでも覚えさせるくらいの勢いで。


「……いや、それはダメっスからね」


 考えを見透かしたように、リュディオールが即座に釘を刺す。


 リヒェンツァは露骨に舌打ちした。

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