風の語り部 part.10
「――という訳で、寮の話は無しだ」
女子寮から戻ってきたリヒェンツァは、開口一番そう告げた。
「はあ……」
カレンデュラは困ったように苦笑する。
「気に掛けてくださるのは嬉しいですけど……少し過保護すぎますよ」
その言葉に、リヒェンツァは眉をひそめた。
「過保護だぁ? 何かあってからじゃ遅ぇんだぞ」
頑として譲る気はない。
「だから当分は俺の目の届く範囲で――」
「ふぁぁ……」
小さな欠伸。
「……おい」
ぽこん、と軽く頭を小突く。
「人が真面目な話してる最中に寝んなや、このコンニャロめ」
カレンデュラは慌てて口元を押さえた。
「えー、だってぇ……」
言い訳を探すように視線を泳がせる。
「昨日、ほとんど眠れなかったんだもん」
リヒェンツァは鼻で笑った。
「ったく、しゃーねぇなぁ……。そうかそうか、そんなに元気が余ってんなら、身体に直接叩き込んでやるしかねぇみてぇだ」
妖しく口角を吊り上げる。
「え、ちょっ!? じょ、冗談ですよね!?」
じり、と一歩。
カレンデュラは慌てて掛け布団を胸元まで引き寄せる。
「ま、待ってくださいっ! 心の準備がぁぁっ!」
リヒェンツァが布団へ手を伸ばした、その瞬間。
――ゴンッ!!
「いっっっっだぁぁぁ!? 誰だよッ!!」
脳天を押さえながら振り返る。
そこには、腕を組んだリュディオールが立っていた。
手には一本の木刀。
どうやら、それで遠慮なく叩き伏せたらしい。
「リヒェ姐」
声音だけは、妙に穏やかだった。
「そういう行為は、自宅かホテルでって言いましたよね」
一拍置く。
「少なくとも五回は」
リヒェンツァの眉がぴくりと動く。
「これじゃあ、誰かさん達のことを悪く言えないっス」
痛いところを突かれた。
リヒェンツァは口を開きかけ、そのまま閉じる。
「……すんませんでした」
今日は珍しく、素直に頭を下げる。
その様子に、リュディオールは深々とため息をつく。
そして無言のまま、リヒェンツァへ右手を差し出した。
「オレ達部下は、リヒェ姐のことを心から尊敬してるっス。たとえ最後の一人になったとしても、絶対に見捨てたりしませんから」
「……テメェ、そういう恥ずい台詞、よく臆面もなく言えるよな」
照れ隠しに鼻を鳴らしながらも、リヒェンツァは差し出された右手を軽く叩いた。
その様子を見届けると、カレンデュラは満足そうに頷く。
「うんうん、一件落着ですね! それじゃあ、あたし夕飯なので失礼しまーす!」
ベッドからひょいと降り、そのまま二人の脇をすり抜けようとする。
「待て待て待て待て待てぇぇぇぇいッ!!」
リヒェンツァの叫びが仮眠室に響いた。
「まだ話は終わってねぇだろうが!」
「えぇ……まだ続けるんですか?」
心底うんざりしたような声音。
やはり、この娘は何も分かっていない。
男への警戒心も、自分の置かれた立場も、危機感というものが決定的に欠けている。
これは本気で叩き込まなければ駄目だ。
それこそ、どこぞの支部長よろしく、折檻してでも覚えさせるくらいの勢いで。
「……いや、それはダメっスからね」
考えを見透かしたように、リュディオールが即座に釘を刺す。
リヒェンツァは露骨に舌打ちした。




