表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追憶の辺獄  作者: 香取 仙狐
第二章 幻日の箱庭
16/48

風の語り部 part.9

 ――男子禁制、女の園。

 甘い香りが漂い、笑い声が響く。

 色とりどりの私物が並び、花柄のカーテンが揺れる。

 男なら一度は夢見る、誰も踏み入ることを許されない聖域。


「便利な時代になったもんだ」


 その頃。

 リヒェンツァが女子寮中を駆け回っているとも知らず、男は自室で悠々とくつろいでいた。

 鼻歌混じりに喉を鳴らし、薄く笑う。


「――シャァァァァオラァァァァァァァッ!!」


 轟音とともに扉が内側へ弾け飛んだ。

 怒りに顔を歪めたリヒェンツァが、鬼気迫る勢いで踏み込んでくる。

 それでも男は眉ひとつ動かさない。


「――てめぇか。下着を盗んだクソ野郎ってのは!!」


 一直線に間合いを詰めると、胸ぐらを乱暴に掴み上げた。


「下着? ……なんの話かな」


 男は欠伸でも噛み殺すように、気だるげに首を傾げる。


「リヒェ姐! 一体何があったんスか!」


 遅れて駆け込んできたリュディオールが止めに入る。

 だが、その手は乱暴に振り払われた。


「うるせぇ、離せ! これは正当な制裁だ!」


 掴む力がさらに強まる。

 男は舌打ち混じりに目を細めた。


「チッ……威勢だけは一人前だな」


 次の瞬間。

 男は軽く腕を払った。

 体格差は歴然だった。


 リヒェンツァの身体は容易く体勢を崩され、そのまま腕を捻り上げられる。


「っつ……!」

「リヒェ姐!」


 リュディオールの手が反射的に得物へ伸びる。

 しかし男は、人差し指を唇へ当てた。


「騒ぐな」


 静かな一言だった。


「まったく……証拠もないのに、人聞きが悪い」


 ため息混じりに肩を竦める。

 次の瞬間――男の拳が、何の躊躇もなくリヒェンツァの腹部へ突き刺さった。


「正当な理由もなく、人の部屋へ押しかけてくるとはな」


 衝撃に、リヒェンツァの身体が宙へ浮く。

 息を詰まらせる暇もなく、そのまま床へ叩きつけられた。


「……っ!」


 肺の空気が一気に吐き出される。


「テメェ……ッ!」


 リュディオールの双眸が、鋭く細められた。

 いつでも抜刀できる構えをとる。


 一触即発。

 部屋の空気が凍りついた、その時だった。


「――お待ち!」


 怒鳴り声が部屋中に響く。


「あんまり暴れなさんな!」


 寮母が仁王立ちになり、二人を睨みつける。


「この寮ぁ古いんだよ! そんなに暴れ回って床でも抜けたらどうするんだい!」


 さらに一拍。


「修理代は全部あんたら持ちだからね!」


 寮母は部屋の惨状をぐるりと見回し、深々とため息をついた。


「……それから、副会長さん」


 しゃがみ込むと、傍らに置いた洗濯籠から一枚の下着を摘み上げる。


「下着なら見つかったよ。ほれ、ババのパンツ」


 そう言って、肌色の下着をひらりと広げてみせた。

 部屋の空気が、一瞬止まる。


「ベランダに干してたのが風で庭へ落ちたみたいでねぇ。取り込む時に気づかなかったあたしも悪かったけどさ」


 静寂。

 何とも言えない空気だけが流れる。

 いつの間にか物音を聞きつけた寮生たちが廊下へ集まり、ひそひそと囁き合っていた。


「何あれ、迷惑」

「あれが副会長?」

「いきなり部屋に押しかけるなんて……」


 遠巻きの視線が、一斉にリヒェンツァへ突き刺さる。


「……チッ」


 苦々しく舌打ちすると、リヒェンツァは男の腕を乱暴に振り払い、そのまま立ち上がった。


「……帰るぞ、リュディ」


 それだけ言い残し、群がる寮生たちをかき分けて部屋を後にする。


「リヒェ姐! まだ話は終わってねーっス!」


 慌ててリュディオールが追いかける。


「――ちょ、待てって言ってんだろガァァァッ!!」


 怒号だけが、長い廊下に虚しく響き渡った。

 リヒェンツァは最後まで振り返ることなく、女子寮をあとにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ