風の語り部 part.7
常日頃、リヒェンツァは女漁りに余念がない。
それは単に性欲を満たす為だけでなく。
弱い自分に足りない強さを持つ女を抱き、悦楽と共に飲み干すことで、自己を確立するために。
自覚している、悪癖だと。この病のように蝕む渇きを満たせなければ、自我を保てなくなるのだと。
「……ああ、もう忘れた筈なのに、またぶり返して来た」
身体が震える。
呼吸の仕方を忘れてしまったかのように、息が吸えない。
喉が強張り、肺は空気を拒み続ける。
「……リヒェ姐」
階段の踊り場で蹲る彼女を見つけ、リュディオールが静かに駆け寄った。
「なん……でも、ない」
絞り出すように答える。
だが、震えは止まらない。
恐怖だけが、全身を支配していた。
「このままじゃ駄目だって……分かってる。それなのに……身体が、言うこと聞かねぇんだ」
掠れた声には、焦りよりも、自分への苛立ちが滲んでいた。
「……大丈夫っス。ゆっくり息を吐いて。吸うより先に、吐くことだけ考えて」
落ち着いた声が耳に届く。
その声に導かれるように、リヒェンツァは少しずつ呼吸を整えていく。
長い時間が過ぎたようで、実際はほんの数十秒だった。
「……ありがとよ、リュディ」
息が整う頃には、震えもようやく収まり始めていた。
リュディオールは小さく息を吐き、安堵したように笑う。
「よかったっス」
少し間を置いてから、「……ところで、何してたんスか?」
そう尋ねた。
「カレンの寮探しだよ」
その一言で、リュディオールの表情が曇る。
「リヒェ姐。カレンデュラが“紛い者”の子供だってこと、お忘れじゃないっスよね」
リュディオールの声色は穏やかだった。
だが、その一言だけで十分だった。
「……てめぇ、今さらその話を蒸し返してくんじゃねぇよ」
低く押し殺した声。
先ほどまで落ち着きを取り戻しかけていた表情が、再び険しく歪む。
「でも、旦那さまは今もカレンデュラを狙ってるんスよね。また協会が狙われたら――」
「あーあーあー! うるせぇなぁ!」
言葉を遮るように叫ぶ。
「お前、ほんっとアイツの話しかしねぇの、どうにかしろよ」
苛立ちのまま煙草を噛み切る。
煙草の欠片に魔力が走り、乾いた音を立てて粉々に砕け散った。
「俺は」
リュディオールは、深く息を吐いた。
「リヒェ姐のことも、旦那さまのことも、両方大事なんスよ」
その声に、リヒェンツァはちらりと視線だけを送る。
「だから、俺には真実も、正義もないっス。善悪だって」
その瞳には、少しだけ疲れの色が浮かんでいた。




