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追憶の辺獄  作者: 香取 仙狐
第二章 幻日の箱庭
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風の語り部 part.4

4


「……はぁ」


 熱い吐息が耳元をかすめた感覚が、まだ消えない。

 あれほど近くで顔を覗き込まれるなんて、思ってもみなかった。

 思い返しただけで頬が熱を帯びる。


 鼻先を掠めた香水の香りも、煙草の匂いも、まだ離れてくれない。


「あああ……相手は女の人なのに……!」


 頭を抱え、小さくうずくまる。

 思考はすっかり混乱していた。

 冷静になれと言われても、無理な話だ。


「落ち着いて……落ち着いて……」


 何度も自分に言い聞かせながら、カレンデュラは寝ぐら代わりの仮眠室へ向かった。


 だが、いつまでも浮かれてはいられない。

 明日から、本部での研修が始まる。

 一人前の魔術師となるための、本当の第一歩だ。


「でも……まさか、本当に許可が下りるなんて」


 先日の爆破事故をきっかけに、正式な魔術適性が認められた。

 あまりに急な話で、未だに実感が湧かない。


「それにしても……どうして、ヴォルーツォさんと瓜二つの人が……」


 胸の奥が、ずきりと疼く。

 ヴォルーツォ本人は、現在謹慎処分中だと聞いた。


 何が起きたのか、誰にも分からない。

 事故として処理されたものの、当事者の姿はどこにもなかった。

 真相は、今なお闇の中だ。


 それでも。

 あの顔だけは、脳裏に焼き付いて離れない。

 整った輪郭。わずかに垂れた目尻。すらりと伸びた手足。


 そして――。


「よう。さっきぶり」


 不意に響いた、心地よいハスキーボイス。

 聞き覚えのある声に、カレンデュラはびくりと肩を震わせた。


 振り返った先に立っていたのは、先ほど別れたばかりの副会長、リヒェンツァだった。


「リ、リヒェンツァ副会長さん……」


 思わず踵を返しかける。

 だが、寸前で踏みとどまった。


「驚かせて悪い。少しだけ時間いいか?」


 常夜灯の淡い明かりを受け、深紅の髪が僅かに揺れる。

 先ほどとは違い、その表情はどこか穏やかだった。


「あたし、もう寝るので……ご用でしたら、明日にしていただけると嬉しいんですが」


 ぎこちなく言い終えると、カレンデュラはくるりと背を向ける。

 そして、そのまま駆け出した。


「――おい、待て!」


 夜の廊下に、リヒェンツァの声が響いた。

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