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ラウンジに居る人間の動きが止まると、奥の扉からいま一人、戦闘服を着た男が入ってきた。
ヘルメットもラップアラウンド型のサングラスも防弾ベストも着用せず、黒いベレー帽を被って部屋に入ってきた男は、戒厳司令官オーレリアン・デュフィ上級大佐だった。
「また会えたな」
デュフィはジーンに冷徹な眼差しを向けると、いかにも簡潔にそう言った。その目は〝全て監視していた〟と言っていた。
「こんな形で会いたくはありませんでした、大佐」
ジーンは言の端に挑戦的な響きを乗せて返した。
デュフィは彼女から視線を外すと8名の部下に向けて頷いてみせ、短機関銃の銃口が下ろされると、再び彼女を向いた。
ジーンは、連邦国務省の監察官〝シャノン・モーズリー〟の顔を造って言葉を続けた。
「あなたは戒厳令には反対だと思ってました」
「ああ。私の意志ではない」
デュフィは真っ直ぐにジーンの目を見て応じた。
「命令に従っただけと……」 それを〝居直った〟と捉えたジーンは、〝暴君〟を見るかのような目になって指弾する。「アールーズの封鎖はやり過ぎです」
正面から糾弾されたデュフィは、やはり不快の念を完全には隠し果すことは出来なかった。ジーンを見る目が細まる。
「アイブリーへの忠誠心を疑うつもりか?」
「疑っているのは判断力です、大佐」
ジーンも、もはや一歩も引くつもりは無いようだった。
デュフィは眉根の端を跳ね上げた。
「私は州代表に仕えている。これがアイブリーにとって利益となるか成らないか、判断するのは私ではなく代表だ」
エヴェリーナ・ノヴォトナー準州代表は、軍部を通しての地球連邦・統監府による政治介入の度合いが、これ以上深度を増すことを憂慮している。だからこそ代表は、自分を使って事態の収拾を図ったのだ。戒厳軍の目を盗む形で――。
その元凶とも言える当の人物の口からそんな〝物言い〟を聞いて、ジーンは顎を上げてデュフィを見上げた。
「準州代表は…――」
続く糾弾の言は、デュフィが鋭く遮った。
「〝軍そのものが脅威〟だと、君は言ったそうだな」
その威に、ジーンが言葉を呑む。覗き込むようにしてデュフィは更に圧を乗せて言った。
「〝軍は暴走している〟とも」
「…………」
ジーンの面差しが慎重なものとなった。
その言い回しは、アイブリーでは口にしていない……。
それを口にしたのはアースポートでだけだ…――。
状況から事態と背景を推し量り終えたジーンが、静かに唇を噛んだとき、開いたままとなっていた奥の扉から、いま一人、登場人物が現れた。
「――…悪い。僕が筋書きを書き換えさせてもらった」
典型的アングロ・サクソン的な金髪碧眼の顔立ちが、悪びれたふうもなく笑っている。〝周囲と異なっていながら、それでいて目に付きにくい〟……トラッドなグレーのスーツを、そんなふうに着こなしたその男は、ニコラス・マッケナだった。
「そう…――」 一度目を閉じてから、ジーンはマッケナに視線を移した。
「……つまりこれは、準州代表もご存知なのね。……トマ・サンデルスも、かしら」
諦観の色濃くそう質した彼女の表情には、生気は無い。
マッケナは肩を竦めて応じた。
「取引した。ヘルムドソンをアイブリーに引き渡すことで幕を引く。それで統監府の関与は揉み消される」
「――…リシュカ博士は?」
マッケナは首を左右に振った。
「それは我々の範疇にないことだよ」
ジーンは息を吐きだし、そうして最後に訊いた。
「テロ隊に爆弾を?」
「…………」
これにはマッケナは何も応えなかった。
それまで黙って俯いていたオッレが、ふっと、小さく嗤った。
ジーンとマッケナ、そしてデュフィの視線が集まる。
それに反応を返すでもなく、黙って俯いたままだった。
彼はタイミングを計っていた。
こうなった以上、もうやるべきことは決まっていた。
――どうしてこんなことになったのだろう……。
彼は心の中で呟くと、空虚となりかけている自身の中の〝怒り〟をかき集め、そして立ち上がると、右の手をポケットへと突っ込んだ。




