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今日時点では、アールーズの街区のあちこちを練り歩くデモ隊は、サローノ系住人やその支援者、あるいは戒厳支持派という色分けではなくなっている。
市民の多くが大同し〝戒厳の理非〟を裁断すべく戒厳部隊に対峙する、という構図に替わっていた。
……もともと〝武力〟に否定的な感情を持つ(……そのことに誇りをすら感じる)アイブリー市民にとり、戒厳下のアビレーという現状は容認しがたい。ましてサローノ系住人への非人間的な扱いをメディアが連日報じるに及んでは、このような状況に至るのは時間の問題なのであった。
『…――ブリスネス広場の南。PSIが動き出します』
そのデモ隊の動向を監視するため通りに面したビルの屋上に配置された兵士の中に、他の兵と違い人の流れを追っていない集団がいた。
軍情報局の対敵諜報部隊――。
彼らはジェンマやジーンの懸念の通り、対テロ対策群・E班の動きを監視し、デュフィ上級大佐へ副官付を介して逐一報告をしていた。
移動中の車中で、屋外競技場の仮設司令部から転送されてきたその報告を受けたデュフィは、自ら送話器を手にすることなく副官付の軍曹に肯いて返した。軍曹は送話器に向かって伝える。
「はじめてください」
『了解。上空からの監視に移ります』
デュフィは送話器から聴こえてきた復唱の声にわずかに反応し、車窓から上空へと視線をやった。
一方、ブリスネス広場を出たジェンマとトゥイガーも、上空の監視者の目には気付いていた。助手席から上空を窺うジェンマの目に、軍の軽観測ヘリの影は、何度も捉えられている。
「用意はいい?」
そのジェンマの、誰にともなく言ったセリフに、ハンドルを握るトゥイガーが頷いて返す。
「――…いつでも」
「やるわよ」
信号機が設置されていない交差点を左折するタイミングで、頃合いと判じたジェンマがシートベルトを外した。
トゥイガーがハンドルを切りながら最徐行させる。
十分に速度の落ちた車の助手席のドアを開け、彼女は飛び出した。後ろ手にドアを閉めると、加速を再開した車と反対方向に全力で駆け始める。
『――地上班へ、地上班へ……目標が車を降りた……』
上空から追跡していた観測ヘリの航空士が即座に無線で指示を飛ばす。『…――パーク通りをルトナーク駅の方へ向かっている』
周辺に配置されていた地上班は統率の取れた動きを見せた。瞬く間に高機動多目的車両が街区に集まってきて、疾走する追跡目標の行く手を塞ぎに掛かる。駅へと伸びる道の先からも1輌が、拡声器から警告を発しながら迫っていった。
『準州防衛軍だ。止まれ! 止まらないと撃つ』
それでPSIのジャケットを着た追跡目標は右手の街路に飛び込んだ。だがそこにはすでに多目的車両が道を塞いで停車していて、乗員が銃列で迎えたのだった。
「止まれ!」
走り込んできた女はそこで立ち止まり、バッと両手を挙げた。
銃口を向けて近づいた伍長が身体検査をして検めた身分証には〝アデリナ・ブロトンス〟特別捜査官とあり、身分証の顔写真とサングラスを外した素顔とを見比べて確認する伍長に、二重の太陽の直射日光に目を細めたブロトンス捜査官は、笑って頷いたのだった。
いうまでもなくブロトンス捜査官はジェンマの身代わりをやり、見事にそれをやり果せたというわけだった。彼女はE班の女性捜査官の中でジェンマに最も背格好が似ていたことから、この役割を引き受けたのだった。
その頃トゥイガーは市中に車を適当に流し、ジェンマから監視の目が剥がれたのを確認できたところで、空となっている助手席に声を掛けていた。
「もう大丈夫だろう。成功だ」
するとシートの下に身を隠していたジェンマが姿を現した。
「…――〝次〟に行きましょう」
囮となったブロトンスがまんまと軍の監視が引き付けてくれたことで、先ずはジェンマに付いた監視を外し行動の自由を確保することはできた。
次は、オッレとジーンが軍の追跡を撒いて隠れ家に逃げ込むを支援する。
プリペイド携帯に〝彼〟からの連絡が入るまで、あと40分ほどである。




