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〝彼〟からの指定の日、E班は、サローノ系住民への弾圧に反対するデモ隊と戒厳部隊の兵とが睨み合うアールーズの市中に散った。
目的は〝彼〟――オッレは終始、残る〝細胞〟の束ねをそう呼んだ――の逮捕であるが、中部都市圏の戒厳の維持を画策する軍部〈新知派〉がそれを望んでいない節があり、妨害が予想される。
すでに〈新知派〉部隊は政府要人らの自宅軟禁に踏み切っており、戒厳下の警備警察局は戒厳司令部の指揮下に置かれていた。公安調査部の捜査権は停止されており、この作戦は正規の指揮系統での実施が憚られる性格のものとなっている。
実際のところ、すでにジェンマやジーンは、自らに付けられた尾行の存在に気付いていた。
だからジェンマは、自分の直轄するE班だけを動かした。
警備警察局の他の班を動かし、警備活動中の戒厳部隊との間に大規模な衝突でも起ころうものなら、アイブリーの法執行機関の権威が損なわれる惧れもある。
ジーンの〝出向先〟である諜報特務庁に至っては話の一切を伝えすらしていない。伝えたところで、話が〝拗れる〟だけなのはわかっている。
要は軍を出し抜いて〝彼〟を捕まえればいいのだ。
凡その筋書きはこうである――。
〝彼〟の指定した日の午前中、例のプリペイド携帯に連絡が入るまでに、オッレとジーンは軍の追跡を撒き、E班で新たに用意した隠れ家に逃げ込み、連絡を待つ。
一方ジェンマも、自らに付けられた軍の監視を外して行動の自由を確保する。
難題ではあるが、これらは必要条件だ。
そうしてE班の面々で隠れ家の周囲を張り込み、オッレとジーンが連絡を受け指示された場所へ移るのを尾行し、接触してきた〝彼〟を捉える、というものである。
軍情報局の実力の程は判らない。
だが、少なくとも公安調査部や諜報特務庁と〝同程度以上〟と見ておくべきだろう…――。
デモ隊の行進する公園脇の通りの端にトゥイガーが車を停車させると、ダッシュボードに手を伸ばしてカーオーディオのボリュームを上げた。助手席のジェンマが手許の紙片に手早くペンを走らせる。
そうしてそれを、先ず運転席のトゥイガーに見せ、それから後席に座るジーンにポケットから摘まみ出した小さなICカードを添えて手渡した。
これらの行動には意味があった。
彼らには〝何かしら状況を察知しつつある〟軍が監視を振り向けてきており、対応が必要だったのだ。
通りに並んだオフィスビルの屋上にはデモ隊を監視するための兵の姿が見て取れるが、その中には必ず軍情報局の要員が紛れている。
彼らは望遠カメラと高性能収音装置とで遠目から様子を窺い、聞き耳を立てているだろう。
だからメモで遣り取りをし、ペンの走る音や紙を扱う音、その他〝何かを扱う際の些細な生活音〟の全てにノイズを被せて覆い隠す必要があったのだった。
紙片にはアールーズ内の3つ住所と6桁の数字が記されている。住所のうちの2つには線が引かれ消されていた。
その住所は〈隠れ家〉で、用意された3カ所から、たった今ジェンマが択んだ。
ICカードは、携帯の〝加入者識別モジュール〟である。
ジーンは受け取るとすばやく紙片に目を通し、肯いて返すと自分の携帯を取り出してSIMを差し替えた。
そして携帯を再起動させると6桁の数字(解除コード)を打ち込んだ。……そのキー操作の音はトゥイガーのかけたポピュラー音楽に掻き消されるはずだ。
程なく再起動が終わり、ジーンは電話帳画面を確認する。そこには予めSIMに記録しておいたジェンマの携帯番号――これも新たに用意したものだ…――だけが表示されていた。
ジーンはもう一度ジェンマを見やり、肯いてみせた。
「それじゃ、行きましょう」
そう言ってドアを開けると、隣で陰鬱な表情を浮かべているオッレに車を出るよう促す。オッレは、のろのろとドアを開けて外に出た。
2人はデモ隊の流れに紛れるようにして、アールーズの街へと消えていった。
それを見送って、ジェンマはトゥイガーに車を出すよう指示をした。
「こちらも始めるわ」




