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ジーンはオッレを送り出すと、少し時間を置いてアパートを出た。
アビレー湾の湿った風が雨雲を運んできていて、空は翳り、もういつ水滴が降ってきてもおかしくない、そんな午後となっていた。
ジーンは通りを渡り、向かいの路肩に止まった車の助手席のドアを開けた。
シートに収まるや否や、アルトの音域の声でさっそく訊かれた。
「首尾は?」
「……上々よ」
訊いてきたのはジェンマ・バンデーラだった。応じた自分の声に愛想が乗らなかったことに、ジーンは内心でだけ舌打ちした。ジェンマがそれに気付いたかどうか……。彼女はすぐに車を出さなかった。
「車、出さないの?」
ジェンマは静かに、直接的でない応じ方をした。
「セシリアが〝あちらこちらとの話を通す〟までに、まだ時間はあるのよ」
どうやらジェンマは気付いていたらしい……。
「――…〝吐き出したいこと〟があるなら、聞くわよ」 彼女は、顔は向けてこなかった。
ジーンは少し考え、納得するふうに頷いてから語り出した。
「ファテュで2年間、組織を動かしたわ。オッレがリシュカ博士の周辺から若者を集め、私が訓練をした」
ジェンマは――例えばセシリアとは違って――話の腰を折って、あれこれと訊き質すようなことはしないタイプの聞き手だったので、過去の経験をそのまま言葉に綴った。呟きに近かったかも知れない。
「……リシュカ博士は〝急進的〟ではなかったし、当時、統監府としては与しやすいと考えてた。……資金も援助してたわ。でも……」
ジェンマは黙っていて、ジーンの追憶の旅は続く。
「その後、政策が変わって…――」
言葉が切れた。
彼女の目線が先を促してくる。
〝次の言葉〟は、ジーン本人にとっても〝言い訳がましい〟ものだった。
「…――支援は中止になったけど、彼らを〝売った〟わけじゃない」
ジェンマは黙ってこちらを向いている。
ジーンは続けた。
「大勢殺された――」
リアルな追憶に嗚咽が漏れそうになる。声を殺した。
「それで作戦そのものも中止……」
〝どうしてそうなってしまったのだろう……〟。そんな自問と自責の念が、再び心の中に持ち上がってきた。それをどうにか抑え付ける。
「……私は他の任務に」
少し間があって、それまで聞き手に徹していたジェンマが口を開いた。
「その前に助けたでしょ」
「どういうこと?」
ジーンが訊き返すと、ジェンマは淡々と、事実関係を確認するように質した。
「彼らをサローノから逃がし、分離主義勢力の粛清から救おうとした。ヘルムドソンと協力して彼らのために学生ビザを用意した。……そうじゃない?」
「仲間だったのよ。面倒を見ると約束もしたわ」
ジーンは、追い詰められたように反応していた。……事実、そうだった。
ジェンマは静かにジーンを向いた。
「何をしていた? 〝実際〟……」 それは〝追い打ち〟の問い。
「言ったでしょ」
ジーンは無駄な抵抗をしたが、ジェンマは、冷静に、優しく、そして正しく、追求を重ねる。
「いいえ、言ってない。〝彼らを訓練した〟と言っただけよ。まさか〝198の方法〟(※)を教えてただけじゃないでしょう――」
(※ 「非暴力行動198の方法」 20~21世紀の政治学者ジーン・シャープによる『独裁体制から民主主義へ―権力に対抗するための教科書―』に掲載された非暴力による権力打倒の実践的行動のリスト)
「――情報収集のやり方、潜入の仕方……」
追い詰められ答えに逡巡するジーンの替わりに、ジェンマが答えてみせる。
「教えたのはそれだけじゃない。〝爆弾〟よ。……その〝作り方〟と〝使い方〟も教えた。そうでしょ? ――…だからバス事件のとき、無理を通して捜査に介入してきた」
終にジーンは観念し、目を瞑った。
「連中はいま、あなたの〝教え〟を実行している。…――違うかしら?」
そうジェンマが言い終えると、ジーンは悔恨の表情の上に片手をやった。
「お願い。私に償いをさせて」
ジーンは深い溜息と共に面を上げると、絞り出すような声で言った。
「……お願い」




