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 数時間の後のこと――。


 ジーン・ラッピンはアールーズに隣接する地区のアパートの一室――〈諜報特務庁(IISO)〉ではなくラッピン個人が情報提供者を匿(かくま)うのに用意した隠れ家(セーフハウス)――に、オロフ(オッレ)・ヘルムドソンを訪ねていた。

 突然の来訪だったが、オッレはドアの隙間からわずかに怪訝な表情を覗かせ、ラッピンが頷いてドアを開けるよう促すと彼はそうした。



 広くはないが居心地の良さそうな居間(リビング)の真ん中に立つと、ジーンはソファにオッレが腰を下ろすのを待って、自身は立ったままで言った。

 最後の〝細胞〟を率いるリーダーに会わせて欲しい、と。――理由も経緯も伝えなかった。

 オッレは最初〝何を言っているのかわからない〟といった表情(かお)を彼女に向けたのだったが、ジーンの表情に自らの表情を改め、静かな口調で答えた。


「無理だ。こんな状況で〝彼〟には近付けない」

「いいえ。やるの」


 立ったままのジーンはソファに座ったオッレよりも高い目線のままに言う。ほとんど〝頭ごなし〟だ。

 オッレは首を左右に振って、呟くように言った。


「馬鹿言うな。街は軍隊で溢れてる。〝彼〟は用心深いんだ」

「それでもやって」

 その言い様に上目を向けたオッレに、ジーンは〝静かに〟、だが〝はっきり〟と言った。言い聞かせるように。

「それしかあなたを救えない」


 オッレは立ち上がった。

「どうかしてる」 そうして彼は、両の腕を不安気に振り回して言い募る。「――軍が出てきたんだ。次々とサローノ人を捕えて、密室で拷問にかけてる」


 だがオッレは、自分を見やるジーンの目の表情に変化の浮いてこないことに気付いて、言葉を切った。

 そのタイミングで、ジーンは続けた。

「〝彼〟はもう終わりよ。やり過ぎたの」


「おい、じゃ…――」 オッレがジーンを真っ直ぐ向く。「僕に〝彼〟を売(ヽ)れ(ヽ)と……」

 ジーンもその目線を正面から受けた。

「何度も忠告したわ。あ(ヽ)な(ヽ)た(ヽ)を介してね」


 双方が言葉を発するのを止めると、室内は沈黙に包まれた。

 その沈黙を破ったのはオッレの方だった。


「随分勝手じゃないか‼ 散々利用しておきながら、最後にはこれか!」

 学者肌の線の細い優男が声を荒げると、詰るような声音が居間に響いた。

 オッレは本当に怒っていた。


 一方、ジーンの方も黙ってはいなかった。抑制に努めながらも鋭い口調でオッレの言葉に被せて言う。

「甘ったれないで。無制限のテロが容認されるわけないでしょう!」

 それでオッレは再び黙らされた。


「〝見て見ぬ振り〟をしてきたろう……!」

 怒りと綯交(ないま)ぜになった言葉を飲み込むふうに吐き捨てると、後の言葉を飲み込んでジーンを睨む。

 ジーンは黙ったままオッレを見返した。


 実のところジーンにとってこのオッレの言葉は、良心の奥深いところに爪を突き立てるものだった。

 だが専門(プロ)の工作員としての訓練が、そういう一片の動揺すらも彼女の美しい顔の上に表れることをさせなかった。


 ジーンは抑揚なく言継いだ。

「勘違いしないで。もうこの件で、あなたには選択の余地はないの」

 その声音にた(ヽ)だ(ヽ)睨むという抵抗(こと)を少しだけしたオッレは、再びソファに腰を落とすと、両の手で顔を覆った。


「僕はどうなる?」

 ジーンは簡潔に答える。

「協力すればアースポートに…――」



 ジーンは嘘を言った。

 アースポートに渡り〝形の上〟で統監府に雇用されたことにし、その経歴をクリアしてフェルタに戻す、などというのは、〝アイブリー生まれのフェルタ人〟として動く現在(いま)のジーンには約束の出来ないことだった。



「しなければ?」

 もう一つの問いにも、簡潔に。

「防衛軍が捕まえにくる前に、アビレー湾に死体が浮かぶことになる……」

 オッレは、深く溜息を吐いた。

 それから一つ頷くとソファから立ち上がり、部屋の隅のハンガーラックに近付いて上着(ジャケット)を掴む。腕を通しながら言う。

「…――明日、連絡する。……市中の状況によっては、もう少し掛かるかも」

 決心したらしいオッレの背中を、ジーンは黙って見送ることにする。


 玄関扉の前でオッレが立ち止まった。

「ジーン…――僕とのこと、後悔してる?」

 ジーンはオッレを向き、なんとか応えた。

「……いいえ」

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