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サンデルスは配管の束の左側を〝時計回り〟に回り込んで向こう側に抜けた。そして配管越しに頷くと、右手に――彼にとって〝左〟に――躰を滑らせる。彼の身体が配管の裏側の空間から消えた。
ああ……と、ラッピンは頷いた。
一度振り返って入口の扉となっていた棚の位置を元に戻し、それから彼のしたように配管の左に身体を滑り込ませる。
左の壁の方が、若干、右側よりも隙間が広くなっていた。それでも成人の身体だと向きを変えるのは出来ず、そのまま配管の束の周りを舐めるようにして180度回り込む。
回り終えると、左の側――先にサンデルスの消えた側――に空間が続いていて、少しかびの臭いがした。
――これが〝秘密の抜け道〟ね。
そのまま身体を滑り込ませた。2メートルくらいで行く手が塞がった。
「……後ろです。そのまま後退して」
そのサンデルスの声に従って後退ると、右肩の後ろが壁の角に当たりはしたものの、下がることができた。
「――いいですよ。こっちを向いてください」
その場で踵を返すと、携帯電話の液晶画面の淡い光に照らされたサンデルスの顔が視界に現れた。
サンデルスが手にする携帯画面の燐光に照らされた空間は、幅は人間1人分ほどながら高さは邸の天井と同じ程度という、当に〝秘密の抜け道〟という体の通路だった。不衛生な空間ではなく、空気も流れていて澱んではいなかったが、それでもやはり、微かにかび臭さい。
「行きましょう」
そう頷いてサンデルスが身体の向きを変え、歩き始める。背中越しの15メートルほど先に、うっすらと光が見えた。
「……上着は脱いだ方がいいです」
先を行くサンデルスがそう言ったのにラッピンは怪訝となって、少し間を置いて理由を訊いた。
「なぜ?」
「〝良い服〟でしょう? サンデルスの邸の周辺でそれは、いかにもそうだと見えます」
ああ、とラッピンは得心した。
前準州知事を訪ねるのに〝一番見栄えのする服〟を着てきたのだから、それはそうだ。
ラッピンは狭い抜け道の中で羽織っていた上着を脱ぎ、うなじの上で纏めていたソバージュの髪を解いた。サンデルスは、わざわざ振り見やるようなことはしなかったが、気配で察したようである。
そうしてほどなく出口に辿り着くと、そこも裏手のミューズハウスの2階から降りるテラス階段の陰になっていて、2人は目立つことなくミューズに出ることが出来た。
10分の後には、サンデルスの車は富裕層街区を出ていたが、タイミング的には〝間一髪〟だった。
ミューズを出しな、路地の奥――反対側の入り口――に車両の停まる音を聞いた。
逸る気持ちを抑え入り口の角を曲がり切ったときには、道の先から銃を携えた歩兵の駆け足の列を見た。軍は街区を丸ごと封鎖しつつあった。
「バーニーおじさんの家はトアイトンです」
車を高速に乗せたサンデルスが、助手席のラッピンに告げた。アビレーからトアイトンまで、車で4時間ほどである。今からだと到着は夜になる計算だ。
「今日はあなたが居てくれて助かった」
「まさかおじいちゃんがあの〝抜け道〟を知ってたなんて」
サングラスの下に苦笑を浮かべたサンデルスに、ラッピンは言った。
「素敵なお祖父さまね」
「〝ゴッドファーザー〟だと、皆思ってますけどね」
そんな耳当たりのよい彼の声音に、
「〝地球から帰ってきたときの言葉〟って(……なに)?」 何気のないふうを装ってラッピンは訊いた。
「――…〝想いは今も変わらない〟って」
「…………」
答えが返ってくるには、少しの間があった。
「――…〝僕はフェルタ人〟」
「え?」
「〝僕はフェルタ人だ〟。そう言ったんです」
サンデルスの家に生まれたラフは学生時代を地球で過ごし、そこで教育を受けた。
フェルタで最も栄えている邦アイブリーでも有数の名家に生まれたラフは、〝地球人の様に〟振る舞えば、そこで受け入れてもらえることを知った。
だが、そうして地球人の中に居ようとも、決して溶け込むことの出来ない自分を知ったのだった。




