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ラフが部屋に入ると、祖父が客人を手差した。
「こちらは――」
「――知ってます」
ラフは、少しでも時間を無駄にしない方がよいかも知れないと、敢えて祖父の紹介の腰を折ってみせた。「……諜報特務庁のジーン・ラッピン分析官」
祖父はそれで2人が旧知であることを知ったようだった。
が、やはり時間を無為にしたくなかったのだろう、それ以上詮索するようなことをせず言葉を続けた。
「間もなく〝招かれざる来客〟がある。……Ms.ラッピンが彼らと鉢合わせるのを避けたい」
状況の説明すら省いた簡潔な言だったが、それに対しラフは、あれこれ訊き返すということはしなかった。それで? と〝指示を待つ〟ふうに祖父を見遣っている。
祖父は、そんな孫に目線を遣ることなく、サイドテーブルの上の封筒――それがエヴェリーナ・ノヴォトナーからの『親書』であることをラフは知らない――を手にし、もう片方の手で葉巻の保湿箱からシガーライターを取り出した。
「〝壁の裏の空間〟は知っているだろう……」
灰皿の上で封筒に火を点け、火が満遍なく封筒を舐めるように手首を廻らせる。その所作は手慣れていた。「…――そこからMs.ラッピンを外に連れ出してくれ」
ラフは、祖父があの〝秘密の抜け道〟の存在を知っていたことに、ばつの悪い思いを押し殺し、頷いて返した。
トマは、炎を纏い炭化しつつある封筒を灰皿へと落して言う。
「……それからMs.ラッピンをボーリクヴィストに引き合わせるのだ。――事態の顛末は彼女に(訊いてくれ)」
ベルンハルド・ボーリクヴィストはアイブリー防衛軍第一 (地上軍担当)幕僚長で、守旧派の中心人物である。トマの盟友で家族ぐるみの付き合いがあり、ラフも子供の頃からよく知っていた。
「……その後は?」
ラフは、本当は〝いったい何が?〟と祖父の口から直接訊きたかったのを抑え、〝祖父がこの後すべきと考えていること〟を確認する。
が、トマはもうそれ以上、具体的な指示はしなかった。
「地球から帰ったときの言葉だが……」
サイドテーブルの上の葉巻の保湿箱から葉巻1本とシガーカッターを取り出すと、上部を切り落として吸い口を作る手を止めず訊き返してきた。「…――あの想いは今も変わらんのだろう?」
「はい」
ラフが、はっきりとした声で答えると、トマは、ようやく面を上げて、正面からラフを見据えた。
「なら、その想いのままに動けばいい。いまがその時だろう」
「わかりました」
慎重な面差しで祖父に相対したラフは、再びはっきりとした声で応じた。
ラフはトマから視線を外し、ラッピンを向いて頷いた。そうして目で彼女に廊下に出るよう促す。ラッピンは椅子から腰を上げた。
「閣下――」
ラッピンは部屋を出しな、室内のトマ・サンデルスに向き直って言った。「お気遣い、ありがとうございます」
トマはライターを葉巻に近付ける手を止めて、もう行くよう、小さく首を振って返す。
ラッピンは踵を返しラフ・サンデルスの後を追った。
廊下で待っていたサンデルスは、ラッピンが客間のドアから出てくると階段を降り始めた。階下のホールを折り返し、ミューズの設けられた敷地の後方へと進んでいく。そのまま奥の――主に家人の使う――階段まで歩みを進めた。
こちらの方の階段は2階踊り場の下の空間が引っ込んで吹き抜けとなっていて、廊下から陰になっている側の壁面に小振りの棚が埋め込まれている。
サンデルスは、棚の最上段の端にある突起を押すと、棚の上の物が落ちないよう、ゆっくりと手前に引き出すようにした。すると棚は隠し扉となっていて、奥に〝ちょっとした納戸〟が現れた。
サンデルスは中に入るとラッピンを手招いだ。
中は小さなベッドが入るほどには大きかった。
「ここです」
サンデルスの顔は、入り口から右手の壁面を向いている。そこは窪みとなっていて、いくつかの配管が束となって上下を貫いていた。一見して保守点検のための配管スペースだった。
「見てて――」
言ってサンデルスはスペースに足を踏み入れ、配管と左側の壁との隙間に身体を捻じ込んだ。




