第27話 この城、今日も大騒ぎです
「行き先、レグナード王宮。着いたら手紙を出す。帰る前にも出す!」
二日後の朝。城門前で、グレンが胸を張った。
エドはうなずき、旅程の控えを革袋へ入れた。今度は、何も知らずに主君を捜し回る必要はない。
「王宮では、まず説明と謝罪をお願いします」
「分かってる。正門から入るぞ!」
「毎回そうしてください」
正装したグレンの隣に、アーデルが立つ。銀髪の王女が静かに並ぶと、絵物語の英雄と姫君のようだった。
アーデルがグレンへ顔を向ける。
「道中の手合わせは、一日何回にする?」
「着くまでは我慢する。まず、お前の父親と話す!」
アーデルは少し驚いた顔をして、それからうなずいた。
「そうだな。先に、父上と話そう」
エドも二人を見た。あれほど後回しにされていた話し合いが、今は勝負より先になっている。
城兵隊長ドーガンが、グレンの外套の襟を直した。
「胸は張れ。顎は上げるな。人の話は最後まで聞け」
「おう!」
「では、エド。留守は頼んだ!」
「はい。城主様。行ってらっしゃい」
グレンとアーデルは馬に乗り、外交官ルーファスとともに城門を出た。国境でクラウスと合流し、王宮へ向かう。
エドは、二人の姿が街道の先へ遠ざかるまで見送った。
*
留守の間も、城の仕事は続いた。
戦に備えて移していた荷を戻し、避難用に空けていた部屋を片づける。補強した城壁と、兵や物資を運ぶために整えた通路は、そのまま使うことにした。
城下には、両国の商人が行き来した。荷車の順番を巡る口論は起きるが、今は商売が忙しいからだ。
レグナード王宮からは、約束どおり手紙が届いた。
無事に着いた。国王に会って事情を話し、無断侵入を謝罪した。外した扉の修繕費も支払う。費用の明細も同封されていた。
その横に、アーデルの筆跡で書き添えてあった。
父上と話した。自分の意思で、アーヴェル城へ戻る。
その後、グレンは自国のフォルディア王宮へも出頭し、一連の騒動を報告した。そのことも、手紙で知らせてきた。アーデルは帰路も同行しているという。
エドは二通の手紙を読み返し、財務官補佐イルマへ渡した。
「二人とも、帰ってくる」
「はい。修繕費は、城主様の私費として分けておきます」
「そっちも頼む」
イルマは微笑んでから、帳簿へ金額を書き入れた。
仕事を終えた日は、二人で城下へ出かけた。エドから誘う日も、イルマが誘う日もあった。
彼女は、あの日買った肩掛けを使っていた。
帰り道、イルマが店の前で立ち止まった。窓に並ぶ小物を眺めている。
エドも隣に立った。仕事では気づかなかった好みを、一つずつ知るのが楽しかった。
「また付き合わせてしまいましたね」
「付き合いたくて来てるんだ」
イルマがこちらを見た。エドは一度、息を吸った。
「仕事のないときも、お前と一緒にいたい」
彼女は肩掛けの端を握り、少しうつむいた。それから、エドの顔を見てうなずく。
「私もです」
エドは、緊張で握っていた手を開き、彼女へ差し出した。イルマがその手を取った。
二人で城へ戻った。繋いだ手は、城門をくぐっても離さなかった。
*
最後に届いた手紙には、城へ戻る日付が書いてあった。エドは、その日に城門で二人を待った。
馬が近づいてくる。先頭のグレンが手を上げ、その隣でアーデルもこちらを見た。ルーファスが続いている。
「帰ったぞ!」
「お帰りなさい、城主様。アーデル様も」
「ただいま」
馬から下りたアーデルは、そう答えた。
エドは深く頭を下げてから、顔を上げた。彼女は王宮で父と話し、自分の意思でこの城へ帰ってきた。エドはほっとして、もう一度うなずいた。
「レグナード国王陛下との話はまとまりました。姫様の希望どおり、こちらでの滞在を続けられます」
ルーファスの報告に、エドはうなずいた。
「クラウス殿下は?」
「王宮に残られました。姫様へのお手紙を、お預かりしています」
ルーファスが革袋から封書を取り出す。
アーデルは封筒の厚みを見て、目を細めた。
「出発するときにも、充分話したのだが」
「城へ戻られてからも、お寂しくならないように、とのことです」
グレンが大きくうなずく。
「いい兄だな!」
「そうだ。話が長いだけで、よい兄なのだ」
アーデルは封書を受け取り、自分の荷へしまった。
侍女長マルタが、二人へ手拭いを差し出す。
「お帰り。部屋も風呂も整えてあるよ。まず、旅の汚れを落としといで」
グレンが顔をほころばせた。
「おう! アーデル、帰ったらやることが多いな!」
「ああ。勝負だけでは済まないらしい」
二人は笑い合った。エドは荷を受け取る者へ合図を送り、一行と城内へ歩いた。
*
夕食の前に、グレンは執務室で留守中の報告を聞いた。
皆で机を囲んで座り、筆頭家老ローデンが領内の様子を、エドが城の仕事を伝えた。イルマが帳簿を開く。アーデルはグレンの隣だ。
報告が終わると、グレンは立ち上がり、椅子の背に手をかけて部屋を見渡した。
「やっぱり、ここがいいな」
「王宮よりも?」
アーデルが尋ねる。
「あっちは立派だった。だが、俺は皆のいるここがいい。お前にも、ずっといてほしい」
アーデルの指が、膝の上で止まった。
「勝負の相手としてか?」
「それもある。だが、一緒に飯を食ったり、こうして話したりするのも楽しい」
彼女はしばらくグレンを見ていた。いつも本気で挑まれたときのように、頬が赤くなる。
「私もだ。勝負をしない日も、お前とここにいたい」
グレンが笑った。エドは二人を見て、口元を緩めた。
城は残った。帰ってきてほしかった人たちも、帰ってきた。
机の上には、明日の仕事がある。その横でイルマが、使い終えたペンを置いた。
エドは、彼女と顔を見合わせた。明日も一緒に仕事をして、終わったら二人で過ごしたい。グレンたちの言葉を聞いていると、そんな望みを持ってよいのだと思えた。
「それで、次はお前たちの話だな!」
グレンがエドとイルマを見た。
「……何の話だ」
「二人で手を繋いでたそうじゃないか!」
エドは父を見た。ローデンはにこやかにうなずいた。
「門番から報告があった」
「そこまで報告しなくていいでしょう!」
グレンは報告用の紙を引き寄せ、『エドとイルマの今後』と書いた。
会議が始まった。
「俺にできることはあるか!」
「私も相談に乗ろう」
アーデルまで姿勢を正す。父は椅子を寄せた。イルマは顔を赤くしながら、エドを見た。
「その話は、あとで二人でしましょう」
エドは大きくうなずき、グレンの手から紙を取り上げた。
「俺の恋愛を城の議題にするな!」




