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ガイア・クロニクル ~世界は、星界の旅人を待ってはくれない~  作者: またおれがっ
第一章 「狂想の主」

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第八話 運命の再会

黒い魔晶石は、空間魔法を放った後に報酬として与えられた品だ。


ならば、空間魔法と無関係なはずがない。


『元素魔法入門』によれば、魔晶石の主な用途は魔導器の製作である。内部に、極めて濃密な魔法エネルギーを秘めているためだ。


そして、もう一つの使い道がある。


魔晶石そのものを使い、直接術を放つ方法だ。


ただし、密度の高い魔力は暴走しやすい。実践するなら、小さく質の低い魔晶石が推奨されていた。


俺様最強は円盤を革で覆い、攻撃を止めていた。さすがに消耗が惜しいらしく、徐へ目配せし、岩の向こうを見てこいと顎をしゃくる。


徐は劉の魔法を警戒していた。薬で止血はできても、右手にはもう刀を握る力がない。


危険を冒す気はなく、身振りで「神盤を使え」と返す。


二人とも、大岩の脇に生えていた草が、数本だけ途中から千切れたことには気づかなかった。


その短い間に、劉は念動力を遠くまで伸ばそうとしていた。限界はおよそ三メートル。そこでようやく、草を引き千切ることができた。


「おや、どうしたんです? もうおしまいですか?」


二人が小声で言い争うなか、劉は何事もないような顔を作り、大岩の陰から立ち上がった。


「その安物の円盤、大した威力じゃないんですね」


続けて、挑発するように指を曲げる。


「来ないなら、こっちから行きますよ?」


俺様最強の顔が、一瞬で赤くなった。


「てめえ……! もう荷物なんかどうでもいい! 今日こそ炭になるまで焼いてやる!」


円盤を再び取り出し、熱を集め始める。


劉はその瞬間を狙っていた。


背に隠していた右手を振り抜き、黒い魔晶石を円盤へ投げつける。


腕へ力を込めると同時に、魔力で石を包んだ。


あの感覚が蘇る。


掌に、一つの星を握っているような感覚。


今度は抗わず、自分の意識が星へ少しずつ溶け込むに任せた。


腕は弧を描いているはずなのに、その速さも距離も感じ取れない。意識ははっきりしている。それでも、このままでは自分そのものが消えてしまうような、ひどい違和感があった。


魔晶石が手を離れた瞬間、すべてが元へ戻る。


しかし石は、狙いどおり砕けなかった。


起動したかのように黒い光を放ちながら、空中を飛んでいく。


まずい。


劉は焦って魔力を伸ばし、遠ざかる石へ念動力を叩き込もうとした。だが、もう届かない。


同時に、力を集め終えた神盤が、灼熱の光線を放った。


光は魔晶石のそばを通り過ぎる――はずだった。


吸い寄せられたように軌道が曲がる。


放たれたすべての光が、空中に浮かぶ黒い魔晶石へ注ぎ込んだ。


接触した瞬間、漆黒の亀裂が光線を逆流した。


ファスナーを開くように空間を裂き、俺様最強の立つ場所まで一息に走る。


光線が消えた。


一瞬、何も起きない。


周囲は不自然なほど静まり返り、迫りくる災厄を待っているようだった。


次の瞬間、魔晶石が砕け散った。


不安定な空間エネルギーが、完全に暴走する。


数十メートル四方の空間が、ガラスのように割れた。


無数の黒い裂け目が虚空に生まれ、何の規則もなく広がり、縮み、触れたものを切断していく。


暴風が吹き荒れた。土石も落ち葉も巻き上げられ、裂け目の奥へ呑み込まれる。


異界の軍勢が空間を引き裂き、今にも雪崩れ込んでくるような光景だった。


俺様最強は驚く暇さえなかった。


上等な装備も、手にした光輝神盤もろとも、空間の裂け目へ消えていた。


我に返った徐は、呆然と数歩後ずさる。その足が、地面に開いた亀裂へ落ちた。


裂け目は小さく、どうにか身体を支えられた。


だが脚を引き抜こうとした瞬間、亀裂が閉じる。


徐の膝から下が、音もなく切断された。



数キロ離れた森。


灰色の野兎は、顎が閉じた瞬間に動かなくなった。


漆黒の毛皮から覗く牙がゆっくりと開き、獲物をキノコの生えた木の根元に落とす。


背に骨鰭を生やした、尾の短い黒豹だった。


獲物へ頭を下げようとしたとき、不自然な気流が森を抜け、耳先の毛を揺らした。


黒豹の動きが止まる。


縦長の瞳孔が鋭く縮み、顔は南東の空へ向けられた。


助走もなく、眼前の空間へ飛び込む。


空が幕のように引き裂かれ、黒豹の姿を呑み込んだ。


百メートル先の中空に亀裂が開く。


黒い身体が飛び出し、また次の裂け目へ潜る。


広大な緑の樹海を、黒い残像が連続して駆け抜けていく。


黒い針が、物理法則を無視した直線軌道で森を縫うように。


その先にあるのは、空間嵐の中心だった。



光線が曲がってから魔法が暴走するまで、二秒もなかった。


劉は一瞬たりとも立ち止まらず、背を向けて走っていた。


焦げた脚を引きずり、長槍を杖代わりにして、嵐の外へ必死に進む。


不思議なことに、裂け目が生まれる前兆を感じ取れるようになっていた。


空気に奇妙な震えが走る。


本能的に頭を下げると、黒い細線が頭皮すれすれを走り、髪を数本切り落とした。


続いて無様に横へ転がり、腰の高さに突然開いた半メートルほどの亀裂を躱す。


それでも劉は、必死に地を這う徐と、すでに消えた俺様最強を嘲ることを忘れなかった。


「はははは! その程度で追い剥ぎなんかやってたのか? 出直してこい! 今日お前たちを倒したのは――うおっ!」


目の前にまた亀裂が走る。


予感に従って横へ踏み、紙一重で避けた。


「よく覚えとけ! 大空間魔法使い――【狂想の主】だ! はははは!」


いったい、あの二人は何人の初心者から品を奪ってきたのだろう。


特に俺様最強が最初の一撃を防いだ障壁は、おそらく希少な使い捨ての護身具だ。


それにしても運の悪い男だった。劉自身、もう終わりだと思っていたのに、あの円盤が魔晶石を起爆してくれた。


まさに自業自得である。


空間嵐は荒れ狂っている。


劉は片脚を引きずりながら、裂け目の予兆を追って左右へ身を躱した。一度でも反応が遅れれば命を失う。


それなのに、その顔は興奮に輝いていた。


「残念だったなあ。装備は全部、虚空の底だ! 誰にも拾えないぞ! ははは!」


転びそうになりながら六、七十メートルほど進むと、空間魔法の勢いが目に見えて弱まり始めた。


劉は少しだけ足を緩め、息を整えようとする。


その瞬間、胸の奥が強く脈打った。


左上の空間が歪む。


また亀裂が――いや、今度は整然とした裂け目が開いた。


虚空から、黒い影が飛び出す。


その巨体が陽光を遮り、逆光の中で輪郭が途方もなく大きく見えた。


暴走する空間嵐さえ切り裂き、すべてを滅ぼす黒い稲妻のように迫る。


劉が顔を上げた、その瞬間。


冷たい縦長の瞳と、真正面から目が合った。


琥珀色の眼球には、獲物を追う冷気が宿っている。


一秒が無限に引き延ばされ、口元にこびりついた乾いた血まで見えた。


終わった。


戦闘の本能に突き動かされ、右手を上げる。


あの日、黒豹の尾を切断した空間の揺らぎを再現しようとした。


意識はほとんど集中できない。腕は引き千切られそうに軋み、残り少ない魔力が、黒い底なし穴へ貪欲に吸い込まれていく。


だが裂け目は暴走するどころか、むしろわずかに安定した。


それだけだった。


黒豹の軌道は、ほんの少しも変わらない。


劉の視界が急速に暗くなる。


魔力枯渇による目眩が意識を断ち切り、糸の切れた人形のように、仰向けに倒れた。


【魔力枯渇により、昏睡状態へ移行しました】


【ゲーム内時間で約二時間後に覚醒する見込みです】


「ふざけんな! こんなのありかよ! 勝った直後に、どうしてこいつがまた出てくるんだ!」


「応答機能を有効にしろ!」


「おい! しばらくは黒豹に遭遇しないって言ったよな? これはどういうことだ!」


「お客様と類似するプレイデータがデータベース内に極めて少なかったため、予測に誤りが生じました。お詫び申し上げます」


劉は言葉に詰まった。


こいつが、素直に謝った?


いつも神経を逆撫でするピクセル・フェアリーが、初めて言い返してこなかった。かえって調子が狂う。


「まあ、誰にでも間違いはある。人なら当然――いや、AIなら当然だ!」


「ご理解に感謝いたします。お客様の遊び方は非常に――特異ですので、データ提供につきましても重ねて御礼申し上げます」


また、何か妙な含みがある。


「俺はいつデータを提供するって言った?」


「サービス利用規約へ同意されています。『ガイア・クロニクル』プレイヤー利用規約、第――」


「待て待て待て。応答機能を切れ!」


やはり、油断してはいけない相手だった。


生命維持カプセルが音を立てて開く。


劉は上体を起こし、大きく伸びをした。


「現在時刻、十八時三十三分。天候、霧」


このゲームで遊んでいると、本当に時間の感覚がおかしくなる。


「ずっと遊んでたら、寿命が三倍に延びたようなものじゃないか?」


もっとも、電子脳や生体脳のデータ化は、数百年前に実現している。ジェダイト帝国の遺伝子技術など、さらに桁外れだ。


当時は不老不死と意識の在り方を巡り、大きな議論が起きたという。


かつて、ある惑星を一族企業が独占支配した事件もあった。創業者にして最大株主の正体は、データ化した意識を使い、たった一人で二百年以上も惑星を統治していた人物だった。


今の連邦には、データ意識や仮想生命に関する法律も専門機関もある。


それでも、寰宇発展理事会には、そんな怪物じみた古参が何人もいるのだろう。


とはいえ、しがない大学生の劉には、ほとんど関係のない話だ。


現実へ意識を戻す。


時刻はちょうどいい。出前を頼み、少し休もう。


季節は初冬。朝から小雨が降り、外は深い霧に包まれていた。


街のネオンは滲んだ色の塊となり、空と地上を走る交通機関の灯りが、血管のように高層建築の間を流れている。


しばらくすると、窓の外から微かな羽音が近づいた。


配送ドローンが霧を抜け、バルコニーの受取口へ静止する。


小さな音とともに荷物が投下され、機械腕が格納された。ドローンは再び、流れる光の海へ消えていく。


「新しい配送物があります」


さすが、コンビニの配達は速い。注文から発送、配送まで完全自動だ。


金さえあれば、一年中家から出ずに暮らせそうだった。


劉はタッチパネルを呼び出し、食事をしながら記録を書き始めた。


一回目:杖。念動力を転移門へ直接ぶつける。暴走。黒点なし。


二回目:杖(空間魔力あり)。念動力の発動中、干渉時の記憶を想起。暴走。転移門なし。黒点あり。


三回目:素手/黒い魔晶石。念動力で魔晶石に触れ、押し出す(非破壊)。効果なし。


三・五回目?:円盤。(起動済み?)魔晶石。高エネルギー光線が誘導され直撃。暴走。転移門あり。黒点なし。


四回目:素手。念動力を転移門へ直接ぶつける。効果なし。


これまでに起きた空間魔法の現象をまとめ、発動の法則を探してみる。


「つまり、放出するための媒介が要る。空間エネルギーも鍵だ。それに、あの感覚……」


だが、見返すほどに顔が引きつった。


「データが足りない! 一度も安定して発動できてないじゃないか!」


まあいい。最悪、もう一度暴走させればいい。


あの二人の末路を思い出し、劉は悪い笑みを浮かべた。


暴走したときの威力だけは、相当なものなのだから。

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