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ガイア・クロニクル ~世界は、星界の旅人を待ってはくれない~  作者: またおれがっ
第一章 「狂想の主」

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第七話 俺様最強

旅が、また始まった。


「このゲーム、妙なところでリアルすぎるんだよな。移動くらい、本当に何時間も歩かせなくたっていいだろ。今ならファストトラベルが欲しいって素直に言えるぞ!」


「まあ、そんな機能はないんだけどな! ははは!」


とうとう劉は、退屈のあまり一人で喋り始めていた。


土の街道を挟む景色は、どこまで行っても似たり寄ったりだ。林と畑、ときどき小川。たまに低い丘を越える。


眺めそのものは悪くない。ただ、先日も森を何時間と歩き回ったばかりで、もう新鮮味は薄れていた。


「攻略情報じゃ、大きな街には転移陣があるらしいけど……俺がいるの、思いっきり辺境なんだよなあ」


仕方がない。暇潰しに、本でも読むか。


取り出したのは『元素魔法入門』だった。


冒頭には、体内と外界の魔力を感知する方法が記されている。魔法学徒は日々その感覚を磨き、体内の魔力で外界の魔力へ干渉する術を身につけた後も、手足同然に扱えるまで修練せよ。それでようやく「魔法の殿堂へ足を踏み入れた」と呼べるらしい。


体内魔力とは、文字どおり自分の内に宿る力だ。ゲーム的に言えば、MPの最大値に当たる。


危険な術式や特殊な魔法はこれを燃焼させ、上限を恒久的に損なうことがある。ひどい場合は、肉体まで傷つくという。


対して外界魔力は、環境に満ちた魔法エネルギーを指す。基本的な術は、これに干渉することで発動する。


後半の大部分は、火球や泥沼といった初歩的な術の要領だった。どれにも外界魔力への干渉が必要で、説明はひどく感覚的だ。熱を集める。魔力で空気を動かす。発動の感覚には個人差があり、呪文を補助にすれば、感覚と記憶を結びつけやすい――。


「火球一つにも媒介が要るのか。水がなきゃ、水系魔法は使えない、と」


「本当に徹底してるな!」


一冊読み通しても、空間魔法や、劉独自の術式についての記述は見つからなかった。ただ、最後の章にこんな一節がある。


『超常の力、その源流は万に分かれようとも、究極においては知の頂へ帰する。されば我ら学徒よ、この書を灯火とし、果てなき神秘の海へ帆を上げ、真理の岸を目指せ』


「結局、ゲームの中でも研究しろってことかよ!」


魔法使いを選んだことを、少しだけ後悔した。


大学の難解で退屈な勉強だけでも頭が痛いのに、『ガイア・クロニクル』では派手に暴れ回るつもりだった。それが、ここでも学習と研究から逃げられないらしい。


とはいえ、ほかに道はない。この本を読んだことで、空間魔法も、地面を丸ごと引き剥がす自分の術も、一般的な魔法ではないと分かった。


ならば、この道を突き進むまでだ。ついでに通常の魔法体系も練習すれば、退屈な道中の暇潰しにはなる。


体内の魔力は、湧き続ける泉のように流れている。しかし、その源はどれほど探っても見つからない。


周囲の魔力は対照的だった。風に乱されるものもあれば、沈み込んだように動かないものもあり、秩序なく漂っている。


「干渉、か……」


『手を上げれば風は舞い、足を踏み出せば大地は動く。秘術の理もまた同じ。意志の向かうところ、術は必ず至る』


本の言葉を思い返し、劉は外界魔力へ触れようとした。


空気を手で掻くように、体内魔力を伸ばして「魔法の空気」を動かす。


だが劉は、体内魔力を強引に引っ張って術を起こす方法に慣れすぎていた。意識は自分の内側へ集中し、外で何が起きたのかまるで掴めない。


気づけば、道端の灌木が根ごと地面から抜けていた。


「駄目だ、これ」


苦笑しながら、何度も試す。


どうしても先に体内魔力へ意識が向いてしまう。外国語を話すとき、まず母国語で考えてから頭の中で翻訳するようなものだった。


それでも歩きながら練習を続け、ようやく「体内魔力で外界魔力へ干渉する」という感覚だけは、かすかに掴めた。


自在に操るだの、術を発動するだのという段階には、到底及ばない。


MPもほとんど使い果たしたらしい。目眩がして足元がふらつき、劉は街道脇へ座り込んだ。


そのとき、前方から馬車の音が聞こえてきた。


御者は葉を一枚くわえ、帽子のつばを下げて車台へもたれている。ひどく呑気な様子だった。


劉はすぐ立ち上がり、道を尋ねようと近づいた。


御者も帽子を持ち上げ、劉を見る。星界の旅人だと気づいた瞬間、その目に鋭い光が走った。だが、すぐに元の気怠げな顔へ戻る。


「こんにちは! ちょっと道を聞いてもいいですか?」


御者は急ぐでもなく馬を止め、劉を上から下まで眺めた。質問には答えず、わざとらしく大声を上げる。


「おやおや、星界の旅人じゃないか! こんな田舎で見かけるのは初めてだなあ」


劉は特に疑わなかった。


「いやあ、聞いてくださいよ。ゲームに入った――じゃなくて、降臨するときにちょっと事故がありまして」


「それで、聞きたいんですけど――」


御者は構わず、後ろ手で荷台を叩いた。


直後、幌の中から二人の男が飛び降りてくる。


一人は服装をきっちり整え、髪型も明らかに現代人のものだった。頭上に文字が浮かび上がる。


――――――――――


〈ちょっと趣味がいい〉


[星界の旅人]俺様最強[地域指名手配]


――――――――――


真っ赤な[地域指名手配]の文字から、劉は目を離せなかった。


初めて出会うプレイヤーが、よりにもよってこれか。


俺様最強は、青い光を帯びたレイピアを腰に吊り、左手には籠手を着けている。装備はかなり上等そうだ。


もう一人は顔を隠し、外套をまとっていた。こちらの頭上には何も表示されない。


「ははは! 見ろよ徐、木杖で殴る魔法学徒だってよ!」


俺様最強は、劉の称号を見るなり笑い出した。


「本名で呼ぶな、コードネームを使えって言っただろ!」


覆面の男――徐が、苛立った声を潜める。いかにも怪しい格好に反して、声はしゃがれても低くもない、ごく普通のものだった。


「はいはい。で、コードネームは何だっけ? まあ、それより見ろよ。【狂想の主】だ。例の話とぴったりじゃないか」


劉はもう、どう戦えば勝ち目があるか考え始めていた。


俺様最強は隙だらけに立っているが、自信に満ちている。対して徐は足運びが小さく、絶えず劉を窺っていた。御者はNPCらしく、我関せずと脚を組み、葉を噛んでいる。


それでも劉は、笑顔で探りを入れた。


「どうも。ゲームに入って、プレイヤーと会うのは初めてなんですよ。それで、お二人は俺に何か?」


俺様最強は舌打ちした。


「とぼけんな。俺の頭の[地域指名手配]が見えねえのか? この前の魔法暴走イベントで何を手に入れた。全部出せ」


劉はすぐ、情けない顔を作った。


「それが聞いてくださいよ。唯一まともな値打ちの杖は巻き込まれて消えたんです。魔法使いなのに魔法が使えなくて、俺も困ってるんですよ」


俺様最強はまた鼻で笑ったが、見逃すつもりはないらしい。


「報酬なら少しあります。キノコがこんなに……あとは弓矢、魔晶石、パン、服……」


劉は荷物を漁りながら、雑多な品を地面へ積んでいった。


魔力回復薬を掴んだ瞬間だけは、迷わず栓を抜いて飲み干す。


「何を飲んだ! 置け!」


徐が先に気づき、腰から曲刀を抜いた。


曲刀か。劉は相手の間合いを頭へ入れる。


「待ってくださいよ! 喉が渇いてたから、つい。水ですよ、水!」


怯えたふりで両手を上げ、背嚢を地面へ投げる。そのまま、少しずつ後退した。


「荷物は全部あげますから!」


「てめえ、本当に飲みやがったな!」


俺様最強もレイピアを抜き、じりじりと迫る。


「まだ殺すな。イベント報酬に、知識や情報があったかもしれねえ」


「話し合いましょうよ! 荷物なら、そこに全部――」


二人との距離が二メートルほど開いた瞬間、劉は背を向けて走り出した。右手は、背負った長槍の吊り革へ添えている。


「逃げられると思ってんのか!」


真っ先に追いついた俺様最強は、大股に踏み込み、レイピアを振り下ろした。


――刺すのではなく、斬りつけてきた。


劉はその瞬間を待っていた。


背から槍を抜きざまに反転し、追ってくる相手へ鋭い返し突きを放つ。


俺様最強は反応できない。振り向いた劉の手元から、槍先だけが凄まじい勢いで迫り、視界いっぱいに膨らんだ。


鈍い衝撃音が響く。


見えない障壁が槍先を弾き返した。強烈な斥力に劉は数歩よろめき、俺様最強はその場に転倒する。


徐も驚いたが、劉が体勢を崩した隙を逃さなかった。


曲刀が続けざまに振り下ろされ、劉は後ろへ跳びながら躱す。


徐の基礎はしっかりしていた。足運びに無駄がなく、硬い革鎧にものを言わせ、槍先を恐れず距離を詰めてくる。


起き上がった俺様最強も、鎖帷子と上等なレイピアを頼みに、滅茶苦茶な斬撃を浴びせ始めた。一振り受けるだけで、木の槍には深い傷が刻まれる。


「木の柄を狙え! 顔だけは突かせるな!」


装備に勝る二人が交互に攻め、劉に反撃の暇を与えない。体力も目に見えて落ちていく。


魔法使いの初期身体能力では、これ以上持たない。


劉は俺様最強の腹を思いきり蹴った。重心を崩した男が、よろめいて後ろへ下がる。


同時に、徐の曲刀が振り下ろされた。


劉は魔力を引き出し、槍で刀身を薙ぎ払うように見せかける。


その瞬間、見えない衝撃が徐の右半身を打ち据えた。


徐の身体が泳ぎ、守りが完全に崩れる。


長槍は影のように追いすがり、喉元へ伸びた。徐が反射的に腕を上げる。槍先はその腕に沿って滑り落ち、鎧のない脇の下へ正確に潜り込んだ。


「痛えっ! 痛覚設定を切れ!」


徐は脇を押さえ、苦痛に顔を歪めた。


「ジョンソン! 報酬は三倍だ、手を貸せ!」


だが御者のジョンソンは、慌てて馬から荷車を外しているところだった。


「断る! こいつは強すぎる。契約はここまでだ。二度と組むこともない!」


言い捨てると、馬を駆って一目散に逃げていく。


賢明な判断だった。粗末な服と木の槍だけでここまで戦う姿を見れば、この【狂想の主】が名だけの男ではないと分かる。


「ジョンソン、てめえ――! 覚えてろ! こいつを片づけたら、次はお前だ! NPCだからって何もできねえと思うなよ!」


俺様最強が罵声を浴びせる。


肉を貫いた感触が、木の柄を通じて掌へ伝わっていた。


あまりにも生々しい手応えに劉は一瞬固まり、止めを刺し損ねる。


徐はすでに距離を取り、腰袋から治療薬を出して飲み干していた。傷口が目に見える速さで塞がり、血が止まる。


冷や汗を拭い、俺様最強へ怒鳴った。


「あの魔導器を出せ! 出し惜しみするな!」


俺様最強は革で厳重に包まれた何かを取り出した。中から現れたのは円盤だ。それを頭上へ掲げ、劉へ向ける。


劉が踏み込み、槍を突き出そうとした瞬間、周囲の光が円盤へ殺到した。


空気が歪み、熱風が肌を叩く。


本能のまま横へ飛ぶ。


次の瞬間、目も眩む光線が、今まで立っていた場所を焼き抜いた。


脚に激痛が走る。肉が大きく抉れ、血すら流れない。高熱で傷口が焼き固められていた。


劉は歯を食いしばり、転がるように木の陰へ逃げ込む。


俺様最強は攻撃を止めず、光線で左右の草むらを薙ぎ払った。通り過ぎた場所から、たちまち火が上がる。


劉は障害物から障害物へ、逃げ続けるしかなかった。背中にも焦げた丸い傷を負い、今は大岩の陰で荒い息を吐いている。


たとえ魔導器の力が尽きても、もう勝ち目はない。


「さっさと出てこい! 魔導器の力を無駄にさせるな。苦しまないよう、一発で殺してやる!」


俺様最強の声には、苛立ちが滲んでいた。


この円盤は、初心者から奪った品を片っ端から売り払い、付与魔法の短剣まで手放して、鉄山砦の先行プレイヤーから買った切り札――【光輝神盤】だった。


それを、杖すら持たない新人魔法使い相手に使わされている。


劉はポケットの中にある、二つの黒い魔晶石へ触れた。


「ほらな。いつか役に立つと思ってたんだ」

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