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ガイア・クロニクル ~世界は、星界の旅人を待ってはくれない~  作者: またおれがっ
第一章 「狂想の主」

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第五話 暴走

畑へ向かう途中、村の一角が騒がしいことに気づいた。


老若男女が集まり、口々に何かを話している。


人垣へ近づくと、その中心にウィリアムと、痩せて精悍な中年男が立っていた。左右へ整えた口髭を生やし、壊れた柵を注意深く調べている。


アンナは人の間を縫って、二人のもとへ駆けた。


「お父さん、ウェッサーおじさん。何があったの?」


「羊囲いの柵が壊され、三頭いなくなった。何かに襲われたらしい」


ウィリアムが地面を指す。そこには、森へ向かって長い血の跡が続いていた。


「こんなに血が……!」


ウェッサーが補足する。


「血溜まりができていない。相当な力で、羊を軽々と咥えて運び去ったようだ」


――依頼だ!


村人が被害を受けた場で浮かべるには、いささか不謹慎な感想だった。それでも劉は胸が躍るのを抑えきれず、すぐ二人へ歩み寄った。


「ウィリアム村長。昨日、魔獣が出始めたと言ってましたよね。今回の件も関係があると思いますか?」


「魔獣」という言葉が出た瞬間、ウィリアムは慌てて目配せした。


だが、もう遅い。


「魔獣だったら、この村も危ないぞ!」


「少し前、遠い親戚の兄貴の友達が人から聞いた話なんだが、知り合いの巡回兵が巨獣の森で魔獣に殺されたって……」


「待て、あの人は星界の旅人じゃないか?」


「なら、本当に魔獣が出たのか?」


恐怖が人から人へ伝わり、群衆がざわめき始めた。


ウィリアムは困った顔で手を打ち鳴らし、皆の注意を引いた。


「落ち着いてくれ! ウェッサーと調べたところ、普通のヒグマである可能性が高い!」


ところが、意図を察しなかったウェッサーが律儀に訂正した。


「ヒグマの可能性はある。だが、まだ断定はできない。魔獣の可能性も残っている」


人々は再び騒然となった。


「どうすればいいんだ……」


「ウェッサーまで魔獣かもしれないと言ってるぞ」


ウィリアムは眉を寄せ、後頭部を掻いた。どう宥めるべきか、言葉を探している。


その様子を見て、アンナが劉へそっと近づいた。


「あなたが解決するって、みんなに言って。星界の旅人が強いことは、村の人も知ってるから」


劉も、「魔獣」の一言がこれほどの恐慌を招くとは思っていなかった。


ようやく自分の役割を理解し、人垣の中央へ進み出る。


「皆さん、どうかご安心を! この【狂想の主】が、村を脅かす問題を解決するために来た!」


【任務開始:村を脅かす正体不明の存在を排除せよ】


珍しい星界の旅人が口を開いたことで、村人たちは徐々に静かになった。


システム表示に一瞬気を取られたものの、劉はすぐ演説を続ける。


「俺の見立てでは、ただのヒグマだ! ただし、経験豊かなウェッサーさんの言うとおり、油断はできない!」


即興の演説が思いのほか楽しくなり、声にも熱が入る。


「だが、たとえ魔獣だったとしても、俺がもう一割ほど本気を出せば済む!」


「この村へ来る前、俺は森の奥で修行していた。そこで空間魔法を使う黒豹に襲われたが、魔法を使うまでもなかった。木杖を二発叩き込んで、追い払ってやった!」


群衆から、どよめきがあがった。


「そいつは大したものだ」


「お母さん、空間魔法って何?」


「この辺にそんな黒豹がいるなんて聞いたことがないぞ」


「恐ろしい魔獣だ……」


疑うような声を聞き、劉も引くに引けなくなった。


「皆さん! 言葉だけでは信じられないでしょう。今ここで、俺の魔法をお見せします!」


ウィリアムが慌てて止める。


「いやいや、魔力は獣を倒すために残しておいたほうがいい」


さらに村人へ向き直った。


「この狂想の主は、昨日、アンナを森の奥から無事に連れ帰ってくれた方だ。信頼してよい。森の奥で修行していたというのなら、きっと並外れた実力の持ち主なのだろう!」


だが、劉はすでに勢いづいていた。


「実際に見てもらったほうが、皆さんも安心できます。魔獣が相手となれば、不安なのは当然ですから」


群衆からも期待の声があがる。


「魔法なんて見たことがないぞ」


「お母さん、見たい!」


まさに望んだ展開だった。


劉は悪戯っぽく笑い、ウィリアムを見る。


「村長。皆さんもこう言ってますよ」


ウィリアムはため息をつき、諦めて下がった。



いざ魔法を使う段になると、劉の胸にも不安が生まれた。


昨日会得した【大地ひっぺがし】――今しがた命名した――は、それなりに負担が大きい。それなのに、見た目はさほど派手ではない。


木杖を使ってみるか。


術具があれば、威力も上がるはずだ。


準備を整え、劉は村人たちを森の手前にある広い空き地へ連れてきた。


ほとんど村中の者が集まっていた。


劉の実力を確かめたいというより、星界の旅人も魔法使いも滅多に現れない土地で、珍しい見世物を逃したくないのだろう。


空き地は年に一度の祭りのような賑わいになった。近隣の村から駆けつける者までおり、たまたまフェスから来ていた商人も人垣へ混じっている。


劉は全員を五十メートル以上離れさせた。


木杖を通した魔法が、どれほどの威力になるのか、自分でも分からなかったからだ。


「お集まりいただき、ありがとうございます!」


声を張り上げながら、いつか広域伝声のような術を覚えようと心に決める。


「念のため、もう少し離れてください! それでは今から魔法を披露します。よくご覧ください!」


人々が静まる。


劉は右手の木杖を地面へ向け、目を閉じた。


体内の魔力を探り、引きずり出す。


三度目ともなると、その強引な操作にも慣れてきた。身体と右腕と木杖が一体となり、見えない反発力に逆らって、魔力を外へ導いていく。


ほどなく地面が緩んだ。


あまりに順調だったため、欲が出る。


――もっと範囲を広げてみよう。


魔力は地面を這うように拡散しながら、劉の身体と繋がり続けていた。体内へ戻ろうとする力を押さえつけるだけで、激しく消耗する。額から汗が流れ落ちた。


術を維持しながら、劉はふと物足りなさを覚えた。


黒豹。あの空間魔法。そして、互いに睨み合った瞬間。


転移の裂け目は格好よかった。とりわけ術へ干渉したときの、虚無の星々へ手を伸ばすような感覚が忘れられない。


魔が差したように、一つの考えが浮かんだ。


――もし、今ここで試したら。


次の瞬間、木杖の周囲が歪んだ。


空間に亀裂が入り、杖の木目から黒い魔力が滲み出す。


世界から、音が消えた。


杖の周りの空間は砕けた硝子のように折れ曲がり、無数の破片へ分かれていく。破片の一つ一つに、見知らぬ風景が映っていた。未知の気配と、途切れ途切れの声が、壊れた空間を満たしていく。


劉は永遠のなかへ固定されたように動かなかった。


もはやこの世界に肉体を持つ存在ではなく、世界そのものの一部になったかのようだった。


【プレイヤーによる多元次元への干渉を検知……覚醒処理を実行しました】


傍目には、ほんの一呼吸の出来事だった。


劉にとっては違う。


悠久の歳月が流れ、世界が何度も姿を変えたような、言葉にできない異様な感覚が残った。


身体の奥から、強烈でありながら覚えのある乖離感が湧き上がる。


自分を形作るすべてが、無数の星へ変わっていく。


「まずい!」


システム表示を見た瞬間、劉は我に返った。


木杖を放り捨て、振り返って走り出す。


「逃げろ!」


狼狽しながら、群衆へ大きく手を振った。


宙に浮かぶ木杖の先に、小さな黒点が生まれた。


杖、土、木の葉、空気。


周囲のあらゆるものが、荒れ狂う勢いで黒点へ吸い込まれていく。


気流は瞬く間に激しさを増し、半径一キロほどの範囲が嵐に呑まれた。


風が唸り、森が震える。


群衆は悲鳴をあげ、黒点から遠ざかろうと四方へ逃げた。


幸い、黒点は長く保たなかった。


ほどなく消滅し、あとには半径五メートルほどの大穴だけが残された。


村人たちは遠くから事故現場を見つめ、もう危険がないか確かめている。


劉は人垣の端で呆然と立っていた。人々は無意識に彼との距離を取り、その目には畏怖と恐れが混じっている。


周囲のすべてが、馴染み深いのにひどく遠い。


始まりから終わりまで、現実には十分も経っていないはずだ。


なのに記憶を辿れば、曖昧な断片の向こうで、百年ものあいだあの場所に立ち続けていた気がする。


「狂想の主……」


アンナがおそるおそる近づいてきた。


「あなたの魔法って、あんなにすごいの?」


その声で、劉はようやく我に返った。


「ごめん、アンナ。魔法事故を起こしたみたいだ……」


機械のような声だった。


アンナは人差し指を口元へ立て、声を潜めるよう促した。


「先にみんなを遠ざけてくれたから、誰も怪我してないよ」


それでも劉が茫然としているのを見て、惜しみなく褒め始める。


「私が聞いたことのある魔法って、火の玉とか、風を操る術とか、そんなものばかり。あんな魔法は初めて見た! 狂想の主って、本当はものすごい魔法使いなんじゃない?」


劉は大穴を数秒見つめた。


やがて、ようやく笑みが戻る。


「はははっ! そのとおりだ。アンナ、よく分かってるじゃないか!」


「俺はいつか、ガイア中に名を轟かせる大空間魔法使いになる。そう遠くないうちに、『狂想の主はうちのキノコスープを食べたことがある』って自慢できるぞ!」


アンナの顔に、一瞬だけ寂しげな影が差した。


だが、すぐいつもの笑顔へ戻る。


「さすが狂想の主!」


「皆を危険に巻き込んだのは悪かった。でも見方を変えれば、俺の実力は十分に証明できたってことだ。この埋め合わせも兼ねて、村の問題は必ず解決する!」


アンナも、今度は遠慮しなかった。


「それじゃあ、よろしくね」


劉はすぐウィリアムのもとへ向かった。


ひとしきり押し問答を重ねた末、ようやく獣の調査を任せてもらえることになった。


ウィリアムと一緒にいたウェッサーは、この村の医師だった。


羊囲いの足跡は羊に踏み荒らされていたものの、午前中いっぱい周辺を調べ、森の中で別の足跡を見つけたという。形はヒグマに近い。ただし、普通よりかなり大きい。


森に住む猟師なら、もっと詳しいことが分かるかもしれない。


ただ、ひどく気難しく、話を聞き出すのも容易ではないらしい。


そこでアンナも劉に同行することになった。

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