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ガイア・クロニクル ~世界は、星界の旅人を待ってはくれない~  作者: またおれがっ
第一章 「狂想の主」

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第三話 NPC?

ーーーーーーーーーー

【ブラックシャドウ遭遇イベントを集計中……】


【戦闘評価】


技巧:型破り

与ダメージ:ないよりはまし

演出:斬新


【任務評価】


本イベントには明確な達成目標が設定されていないため、評価対象外となります。


【物語評価】


ええと……今回の活躍は、見方によっては「目覚ましい」と評してよいでしょう。一度の戦闘を通じ、独力で優れた魔法技能まで会得した点も称賛に値します。


すべてのプレイヤーに同様の行動を推奨することはできませんが――お見事でした。


【最終評価:A-】

ーーーーーーーーーー


「おいおい、見るからに強そうな魔法生物を、木の棒一本で追い払ったんだぞ?」


「それでAマイナス? そのマイナスは何なんだよ!」


「だいたい、なんでもう集計してるんだ? あの黒豹とはまだ決着がついてない。覚えたての魔法を叩きつけてやるところだったのに!」


勢いに乗って黒豹を探しに行こうとした矢先、評価画面が現れたのだ。


劉は迷わず応答機能を有効にし、ピクセル・フェアリーへ噛みついた。


「A-は十分に優れた評価です。何がご不満なのでしょうか」


「じゃあ聞くけど、『型破り』ってどういう意味だ。本当に褒めてるのか?」


「魔法使いが危機に際し、自らの杖を振り回して強敵を撃退しました。はい、紛れもなく型破りであり、肯定的な評価です」


「お前……」


またしても言葉に詰まる。


「それなら、どうして今なんだよ。あの大猫を倒してからなら、もっと上の評価が取れただろ?」


「分析の結果、短期間のうちに同個体と再遭遇する可能性は低いと判断しました」


「逃げたのか? それとも、もっと強い魔獣に食われた?」


「プレイヤー体験を保護するため、関連情報は開示できません」



無感情な合成音声なのに、なぜこうも口論したくなるのだろう。


劉は深く息を吐き、これ以上相手にするのをやめた。このままでは、いつか妖精にも杖の一撃をお見舞いしかねない。


もっとも、今はその杖さえないのだが。


日はすでに沈みかけていた。茂った葉の隙間から見える空は、夕焼けに赤く染まっている。


南東には、山脈を跨ぐほど巨大な月が浮かんでいた。


「報酬を今すぐ精算しますか?」


「する、する! ちょうど補給が欲しかったんだ。武器をくれ。今は何より武器だ!」


ーーーーーーーーーー

【イベント報酬】


称号獲得:【杖で殴る魔法見習い】[効果:装備中、杖による打撃ダメージが上昇します。]

アイテム獲得:【黒い魔晶石】[説明:魔法エネルギーを秘めています。]

アイテム獲得:パン×3、干し肉の小袋×1、水入りの水筒×1

アイテム獲得:魔力ポーション×2

武器獲得:【還りし木杖】[説明:かつて空間の裂け目へ落ちた、ありふれた木杖。今はわずかな空間エネルギーを帯びているようです。]


【精算完了】

ーーーーーーーーーー


称号名に文句を言おうとした、そのときだった。


報酬画面が消えきらないうちに、目の前へ黒い亀裂が開いた。劉は驚いて飛び退き、身構える。


亀裂から木杖が勢いよく飛び出した。地面を何度か転がり、劉の足元で止まる。


「俺の杖じゃないか! ははっ!」


嬉々として拾い上げる。


「やっぱりこれだよ。黒豹を殴るにも手に馴染む!」


先ほど顎を打ち抜いたときのように、その場で大きく一回転してみせた。


上機嫌のまま、宙を漂うピクセル・フェアリーへ横目を向ける。


「称号は気に入らないけど、報酬はどれも必要なものばかりだな。まあ、一応礼は――」


返事を挟ませまいと、すぐに続けた。


「その前に、もう一度応答機能を切ってくれ!」


せっかく気分がいいのに、また余計な一言で台無しにされたくない。


静かになった途端、以前聞き損ねた言葉を思い出した。


「結局、あの『ただし』の続きは何だったんだよ。また聞き忘れた……」


現実と仮想をめぐる哲学。AIによる精神汚染。巨大な陰謀。現実世界へ迫る危機。


定番の筋書きが次々と頭をよぎる。


だが、劉は首を振った。


「いや。絶対にどうでもいい注意事項だ」


妖精の小憎らしい口調を真似る。


「システムの案内がなければ、初心者がゲームを進めるうえで困る可能性があります――とか」


面倒な妖精を頭から追い出し、身体を伸ばして出発の準備をした。


「さて、どっちへ行く?」


攻略情報にあったブラックシャドウの目撃地点には、規則性がなかった。この森にも、目印になりそうな特徴はない。


ただし開始地点の説明では、人類勢力圏内のどこかに出現するとされていた。適当に歩いても、そのうち人里へ出られるだろう。


ふと思いつき、劉は近くの太い木へ軽々と登った。少し前に地面を丸ごと持ち上げた姿を見ていなければ、誰も彼を魔法使いとは思わないだろう。


空にはまだ夕焼けの赤みが残り、ときおり鳥の群れが横切っていく。


夜を迎えようとする森は、意外なほど暗くなかった。銀白色の月光が木々へ降り注ぎ、風が枝葉を撫でるたび、冷たく静かな波が森全体へ広がっていく。


梢近くまで登った劉は、山脈の向こうに浮かぶ巨大な月を見つめた。


高校の宇宙概論で習った内容を思い出し、腕を伸ばして大きさを測ってみる。両腕をいっぱいに広げても、肩幅よりかなり大きく見えた。


理由の細部は忘れたが、これほど近い衛星があれば、惑星環境は苛酷になり、居住には適さないはずだ。


ところが今のところ、少々気性の荒い黒い大猫に襲われた以外、激しい自然災害の兆候はない。


魔法世界だから、で済む話なのだろうか。


「いい月だな。中秋節には両親を連れてきて、仮想のお月見でもするか」


劉の故郷は、天垣星という。


その星の命名や開拓には、かつて定められた『星間時代における文化継承および発展推進に関する基本方針』が強い影響を与えていた。


方針には、人類文明の共通記憶を守るため、惑星を周回する天然天体は、所属星系や物理的性質にかかわらず、共通語では歴史的名称である「月」を用いてよい、と記されている。


だから劉も、月らしく見えるものは自然と月と呼んでいた。


しばらく巨大な月を眺めていると、風が肌寒くなってきた。


本来の目的を思い出し、周囲へ目を凝らす。だが、人家の明かりらしきものは見当たらない。


月の背後にそびえる山脈――今しがた「月山脈」と名づけた――は高く、ひどく遠い。反対側は、見渡す限り起伏が少なかった。


「よし。月山脈を背にして進もう!」


劉は枝を伝い、軽快に地上へ降りた。



それから、二時間も歩くことになった。


ゲームを遊びに来たはずが、今日は野営体験で終わるのかもしれない。


何も起こらないことが、かえって最大の異変だった。黒豹が近くの獣を追い払ったのか、それともこの森はもともと危険の少ない場所なのか。


退屈に耐えかね、安全そうな場所で眠ってログアウトしようかと考え始めた頃、遠くから物音が聞こえた。


劉は足を止め、耳を澄ませる。


誰かが走っている。重い足音が、落ち葉を繰り返し踏みしめていた。そのほかにも、もっと軽く、速い足音がいくつも聞こえる。


「おやおや? 筋書きどおりなら、薬草を採りに森の奥へ迷い込んだ少女が、狼の群れに追われてる場面だな!」


途端に元気を取り戻し、木杖を手に音のするほうへ駆けた。


巨大な月が空を照らしているおかげで、林内は真っ暗ではない。


空間魔法まである世界なら、灯火や微光を生む術もあるはずだ。だが、魔法書を開く前に夜になってしまった。


劉は月明かりだけを頼りに森を走る。気分だけは、闇を駆ける暗殺者だった。


すぐ近くまで来たところで、「助けが必要か」と声をかけようとした。


その直前、犬の吠える声が響いた。


続けて二頭。こちらは、より低く太い声だった。


ほどなく、細身の犬一頭と黒犬二頭が劉を取り囲み、一斉に吠え始めた。


劉は固まった。


狼に追われた少女は、どこへ行った。


どうすればよいか分からず、ひとまず杖を構えて犬たちを警戒する。


少女なら、確かに現れた。


動きやすそうな布服に身を包み、髪を一本のポニーテールに結っている。背負った籠には、キノコが山盛りになっていた。


「あら! 星界の旅人だったの?」


少女は目を丸くし、慌てて三頭を叱った。


「もう、吠えないの! 星界の旅人なんだから、悪い人じゃないよ」


一番大きな黒犬だけは吠えるのをやめない。少女に尻をぴしゃりと叩かれ、ようやく静かになった。


劉は気まずく笑った。


星界の旅人。


そういえば、この世界のNPCはプレイヤーをそう呼ぶのだった。


まさかこんな出会い方をするとは思っていなかった。颯爽と少女を救い、名も告げずに立ち去るつもりだったのに、真人間としか思えない少女を前にして、急に人見知りが顔を出す。


「はは……こんばんは。狼に追われてるのかと思って、助けに来たんだ」


「ほら、ヤンチャ! 悪い人じゃないって言ったでしょ」


少女がまた大きな黒犬を叱ると、その頭上に【ヤンチャ】という名前が表示された。


「気遣ってくれてありがとう。でも、家へ急いでいただけなの。ショーグンとクロとヤンチャが一緒なら、狼も近づいてこないよ」


「ヤンチャは、いかにも強そうだ」


「ヤンチャは声が大きいだけなんだけどね」


少女は月を見上げた。


「もうこんな時間。早く帰らなきゃ」


それから、ごく自然に尋ねた。


「今夜は家でキノコのスープを作るの。あなたも食べに来る?」


突然の誘いに、劉は少し迷った。


だが、ここがどこなのかも、どちらへ進めばよいのかも分からず困っていたところだ。


「一人増えても、夕飯は足りる? 食べ物なら自分でも持ってるけど、いろいろ聞きたいことが――」


「足りるよ。見て、今日はこんなに採れたんだから!」


少女は背負い籠を下ろし、キノコを見せた。


「一緒に食べよう。ここには星界の旅人なんて、滅多に来ないの」


「じゃあ……お言葉に甘えようかな」


二人は並んで歩き始めた。


細身のショーグンが先頭で道を案内し、二頭の黒犬が後ろにつく。


「そういえば、まだ名前を聞いてなかった。俺は劉――じゃなくて、狂想の主」


うっかり本名を名乗りかけた。


「私ったら、忘れてた。アンナよ」


先ほどと同じように、少女の頭上へ【アンナ】の文字が浮かぶ。この表示がなければ、劉は本当に現実へ来たと思ったかもしれない。


「なあ、アンナ。【狂想の主】って変な名前だと思わない?」


「思うよ。星界の旅人って、みんな変な名前だもの。前に友達と街へ行ったとき、『くさくさ』って名前の人がいて、二人でずっと笑ってた」


劉も吹き出した。


「くさくさ」には負ける。自分の名前は、まだまだだったらしい。


道中、劉は周辺についていくつも尋ねた。


ここは鉄山砦領で、森は巨獣の森との境に近い。十数キロ先にはフェスという小さな街がある。開始地点の候補にもあった鉄山砦はさらに遠く、フェスから急いで歩いても丸一日かかるという。


「さっきから気になってたんだけど、どうして一目で俺が星界の旅人だと分かったんだ? それに、悪人じゃないとも言ってたよな」


「うーん……見れば分かる、としか言えないな」


アンナは改めて劉を眺め、編んだ髪を指先で弄った。


「星界の旅人は強くて、死なないんでしょ。もし悪い人なら、ショーグンたちをとっくに傷つけていたはずだもの」


劉は、昼間に殴りつけた黒豹を思い出した。


急に可笑しくなって、声をあげて笑う。


アンナは確かに、現実の人間と何も変わらない。


だがアンナやこの世界から見れば、劉こそが紛れもない異邦の存在なのだ。


そう気づくと、人見知りはどこかへ消えた。劉は再び、【杖で殴る魔法見習い】へ戻った。


アンナが不思議そうに振り向く。


「どうして笑ってるの?」


「今日初めてゲームに――いや、星界から来たばかりなのに、空間魔法を使う黒豹に出会ったんだ!」


待ってましたとばかりに、劉は身振りを交えて語り始める。


「まだ魔法の練習もしてなかったから、仕方なく木杖を振り回して二発叩き込んだ。それで追い払ってやったんだよ!」


「あははっ。狂想の主って、本当に星界の旅人なのね。聞いていた話、そのままだわ!」


アンナは朗らかに笑った。その飾り気のなさは、いかにも田舎育ちの娘らしい。


話しながら歩いていると、前方に揺れる火が見えた。


ショーグンが低く鳴き、跳ねるように駆けていく。クロとヤンチャも、嬉しそうに後を追った。


「お父さんだ!」


アンナが歩調を速める。


「アンナ! どうしてこんなに遅くなった! 森が危険だと分かっているだろう。最近は巨獣の森から魔獣が出るという話まであるんだぞ!」


先頭の男は厳しい口調だったが、声には隠しきれない心配が滲んでいた。


後ろにいた若者も、気遣うように尋ねる。


「怪我はないか、アンナ」


「お父さん、アンダーソン。奥のほうに立派なキノコがたくさんあって、夢中になってたら遅くなっちゃった。心配かけてごめんね」


「それでも駄目だ。魔獣でなくても、熊は危険なんだぞ!」


「分かった、分かったってば。ショーグンもクロもヤンチャも一緒だったんだから……」


アンナは父親の手を取り、甘えるように言ってから劉を振り返った。


「それより見て。森で星界の旅人に会ったの。この人が一緒に帰ってくれたんだよ」


「星界の旅人?」


アンダーソンは疑わしげだった。


劉は前へ進み、松明の光に姿を晒した。


「こんばんは。守ったなんて大げさですよ。俺も道の途中で、たまたまアンナに会っただけです」


アンナの父親は、見る見るうちに顔を輝かせた。


「おお、本当に星界の旅人だ! 私はウィリアム。この村の村長で、アンナの父親です」


彼はわずかに身を屈めた。


「娘を無事に連れ帰ってくださり、ありがとうございます」


その横で、アンダーソンの表情が目に見えて曇る。


「アンナは村長の娘だったんですね。俺は【狂想の主】です。森で迷っていたところを助けられたのは、むしろ俺のほうですよ。そんなに畏まらないでください」


「私が狼に追われていると思って駆けつけて、ショーグンたちに囲まれてたけどね」


アンナが横から静かに付け足した。


「これは失礼を。いずれにしても、娘の恩人です。ぜひ村へお越しください。よろしければ、今夜は泊まっていってください」


劉もそれ以上は遠慮しなかった。


「では、お世話になります。アンナからキノコのスープを作ると聞いて、ずっと楽しみにしてたんです!」


一行は言葉を交わしながら、村へ戻った。


村は森のすぐそばにあった。周囲に広がる麦畑が銀色の月光を受け、風に揺れている。


素朴な中世風の家々には、ぽつぽつと灯りがともっていた。


巨大な月の下、村は静かで穏やかだった。

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