第三話 NPC?
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【ブラックシャドウ遭遇イベントを集計中……】
【戦闘評価】
技巧:型破り
与ダメージ:ないよりはまし
演出:斬新
【任務評価】
本イベントには明確な達成目標が設定されていないため、評価対象外となります。
【物語評価】
ええと……今回の活躍は、見方によっては「目覚ましい」と評してよいでしょう。一度の戦闘を通じ、独力で優れた魔法技能まで会得した点も称賛に値します。
すべてのプレイヤーに同様の行動を推奨することはできませんが――お見事でした。
【最終評価:A-】
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「おいおい、見るからに強そうな魔法生物を、木の棒一本で追い払ったんだぞ?」
「それでAマイナス? そのマイナスは何なんだよ!」
「だいたい、なんでもう集計してるんだ? あの黒豹とはまだ決着がついてない。覚えたての魔法を叩きつけてやるところだったのに!」
勢いに乗って黒豹を探しに行こうとした矢先、評価画面が現れたのだ。
劉は迷わず応答機能を有効にし、ピクセル・フェアリーへ噛みついた。
「A-は十分に優れた評価です。何がご不満なのでしょうか」
「じゃあ聞くけど、『型破り』ってどういう意味だ。本当に褒めてるのか?」
「魔法使いが危機に際し、自らの杖を振り回して強敵を撃退しました。はい、紛れもなく型破りであり、肯定的な評価です」
「お前……」
またしても言葉に詰まる。
「それなら、どうして今なんだよ。あの大猫を倒してからなら、もっと上の評価が取れただろ?」
「分析の結果、短期間のうちに同個体と再遭遇する可能性は低いと判断しました」
「逃げたのか? それとも、もっと強い魔獣に食われた?」
「プレイヤー体験を保護するため、関連情報は開示できません」
無感情な合成音声なのに、なぜこうも口論したくなるのだろう。
劉は深く息を吐き、これ以上相手にするのをやめた。このままでは、いつか妖精にも杖の一撃をお見舞いしかねない。
もっとも、今はその杖さえないのだが。
日はすでに沈みかけていた。茂った葉の隙間から見える空は、夕焼けに赤く染まっている。
南東には、山脈を跨ぐほど巨大な月が浮かんでいた。
「報酬を今すぐ精算しますか?」
「する、する! ちょうど補給が欲しかったんだ。武器をくれ。今は何より武器だ!」
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【イベント報酬】
称号獲得:【杖で殴る魔法見習い】[効果:装備中、杖による打撃ダメージが上昇します。]
アイテム獲得:【黒い魔晶石】[説明:魔法エネルギーを秘めています。]
アイテム獲得:パン×3、干し肉の小袋×1、水入りの水筒×1
アイテム獲得:魔力ポーション×2
武器獲得:【還りし木杖】[説明:かつて空間の裂け目へ落ちた、ありふれた木杖。今はわずかな空間エネルギーを帯びているようです。]
【精算完了】
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称号名に文句を言おうとした、そのときだった。
報酬画面が消えきらないうちに、目の前へ黒い亀裂が開いた。劉は驚いて飛び退き、身構える。
亀裂から木杖が勢いよく飛び出した。地面を何度か転がり、劉の足元で止まる。
「俺の杖じゃないか! ははっ!」
嬉々として拾い上げる。
「やっぱりこれだよ。黒豹を殴るにも手に馴染む!」
先ほど顎を打ち抜いたときのように、その場で大きく一回転してみせた。
上機嫌のまま、宙を漂うピクセル・フェアリーへ横目を向ける。
「称号は気に入らないけど、報酬はどれも必要なものばかりだな。まあ、一応礼は――」
返事を挟ませまいと、すぐに続けた。
「その前に、もう一度応答機能を切ってくれ!」
せっかく気分がいいのに、また余計な一言で台無しにされたくない。
静かになった途端、以前聞き損ねた言葉を思い出した。
「結局、あの『ただし』の続きは何だったんだよ。また聞き忘れた……」
現実と仮想をめぐる哲学。AIによる精神汚染。巨大な陰謀。現実世界へ迫る危機。
定番の筋書きが次々と頭をよぎる。
だが、劉は首を振った。
「いや。絶対にどうでもいい注意事項だ」
妖精の小憎らしい口調を真似る。
「システムの案内がなければ、初心者がゲームを進めるうえで困る可能性があります――とか」
面倒な妖精を頭から追い出し、身体を伸ばして出発の準備をした。
「さて、どっちへ行く?」
攻略情報にあったブラックシャドウの目撃地点には、規則性がなかった。この森にも、目印になりそうな特徴はない。
ただし開始地点の説明では、人類勢力圏内のどこかに出現するとされていた。適当に歩いても、そのうち人里へ出られるだろう。
ふと思いつき、劉は近くの太い木へ軽々と登った。少し前に地面を丸ごと持ち上げた姿を見ていなければ、誰も彼を魔法使いとは思わないだろう。
空にはまだ夕焼けの赤みが残り、ときおり鳥の群れが横切っていく。
夜を迎えようとする森は、意外なほど暗くなかった。銀白色の月光が木々へ降り注ぎ、風が枝葉を撫でるたび、冷たく静かな波が森全体へ広がっていく。
梢近くまで登った劉は、山脈の向こうに浮かぶ巨大な月を見つめた。
高校の宇宙概論で習った内容を思い出し、腕を伸ばして大きさを測ってみる。両腕をいっぱいに広げても、肩幅よりかなり大きく見えた。
理由の細部は忘れたが、これほど近い衛星があれば、惑星環境は苛酷になり、居住には適さないはずだ。
ところが今のところ、少々気性の荒い黒い大猫に襲われた以外、激しい自然災害の兆候はない。
魔法世界だから、で済む話なのだろうか。
「いい月だな。中秋節には両親を連れてきて、仮想のお月見でもするか」
劉の故郷は、天垣星という。
その星の命名や開拓には、かつて定められた『星間時代における文化継承および発展推進に関する基本方針』が強い影響を与えていた。
方針には、人類文明の共通記憶を守るため、惑星を周回する天然天体は、所属星系や物理的性質にかかわらず、共通語では歴史的名称である「月」を用いてよい、と記されている。
だから劉も、月らしく見えるものは自然と月と呼んでいた。
しばらく巨大な月を眺めていると、風が肌寒くなってきた。
本来の目的を思い出し、周囲へ目を凝らす。だが、人家の明かりらしきものは見当たらない。
月の背後にそびえる山脈――今しがた「月山脈」と名づけた――は高く、ひどく遠い。反対側は、見渡す限り起伏が少なかった。
「よし。月山脈を背にして進もう!」
劉は枝を伝い、軽快に地上へ降りた。
*
それから、二時間も歩くことになった。
ゲームを遊びに来たはずが、今日は野営体験で終わるのかもしれない。
何も起こらないことが、かえって最大の異変だった。黒豹が近くの獣を追い払ったのか、それともこの森はもともと危険の少ない場所なのか。
退屈に耐えかね、安全そうな場所で眠ってログアウトしようかと考え始めた頃、遠くから物音が聞こえた。
劉は足を止め、耳を澄ませる。
誰かが走っている。重い足音が、落ち葉を繰り返し踏みしめていた。そのほかにも、もっと軽く、速い足音がいくつも聞こえる。
「おやおや? 筋書きどおりなら、薬草を採りに森の奥へ迷い込んだ少女が、狼の群れに追われてる場面だな!」
途端に元気を取り戻し、木杖を手に音のするほうへ駆けた。
巨大な月が空を照らしているおかげで、林内は真っ暗ではない。
空間魔法まである世界なら、灯火や微光を生む術もあるはずだ。だが、魔法書を開く前に夜になってしまった。
劉は月明かりだけを頼りに森を走る。気分だけは、闇を駆ける暗殺者だった。
すぐ近くまで来たところで、「助けが必要か」と声をかけようとした。
その直前、犬の吠える声が響いた。
続けて二頭。こちらは、より低く太い声だった。
ほどなく、細身の犬一頭と黒犬二頭が劉を取り囲み、一斉に吠え始めた。
劉は固まった。
狼に追われた少女は、どこへ行った。
どうすればよいか分からず、ひとまず杖を構えて犬たちを警戒する。
少女なら、確かに現れた。
動きやすそうな布服に身を包み、髪を一本のポニーテールに結っている。背負った籠には、キノコが山盛りになっていた。
「あら! 星界の旅人だったの?」
少女は目を丸くし、慌てて三頭を叱った。
「もう、吠えないの! 星界の旅人なんだから、悪い人じゃないよ」
一番大きな黒犬だけは吠えるのをやめない。少女に尻をぴしゃりと叩かれ、ようやく静かになった。
劉は気まずく笑った。
星界の旅人。
そういえば、この世界のNPCはプレイヤーをそう呼ぶのだった。
まさかこんな出会い方をするとは思っていなかった。颯爽と少女を救い、名も告げずに立ち去るつもりだったのに、真人間としか思えない少女を前にして、急に人見知りが顔を出す。
「はは……こんばんは。狼に追われてるのかと思って、助けに来たんだ」
「ほら、ヤンチャ! 悪い人じゃないって言ったでしょ」
少女がまた大きな黒犬を叱ると、その頭上に【ヤンチャ】という名前が表示された。
「気遣ってくれてありがとう。でも、家へ急いでいただけなの。ショーグンとクロとヤンチャが一緒なら、狼も近づいてこないよ」
「ヤンチャは、いかにも強そうだ」
「ヤンチャは声が大きいだけなんだけどね」
少女は月を見上げた。
「もうこんな時間。早く帰らなきゃ」
それから、ごく自然に尋ねた。
「今夜は家でキノコのスープを作るの。あなたも食べに来る?」
突然の誘いに、劉は少し迷った。
だが、ここがどこなのかも、どちらへ進めばよいのかも分からず困っていたところだ。
「一人増えても、夕飯は足りる? 食べ物なら自分でも持ってるけど、いろいろ聞きたいことが――」
「足りるよ。見て、今日はこんなに採れたんだから!」
少女は背負い籠を下ろし、キノコを見せた。
「一緒に食べよう。ここには星界の旅人なんて、滅多に来ないの」
「じゃあ……お言葉に甘えようかな」
二人は並んで歩き始めた。
細身のショーグンが先頭で道を案内し、二頭の黒犬が後ろにつく。
「そういえば、まだ名前を聞いてなかった。俺は劉――じゃなくて、狂想の主」
うっかり本名を名乗りかけた。
「私ったら、忘れてた。アンナよ」
先ほどと同じように、少女の頭上へ【アンナ】の文字が浮かぶ。この表示がなければ、劉は本当に現実へ来たと思ったかもしれない。
「なあ、アンナ。【狂想の主】って変な名前だと思わない?」
「思うよ。星界の旅人って、みんな変な名前だもの。前に友達と街へ行ったとき、『くさくさ』って名前の人がいて、二人でずっと笑ってた」
劉も吹き出した。
「くさくさ」には負ける。自分の名前は、まだまだだったらしい。
道中、劉は周辺についていくつも尋ねた。
ここは鉄山砦領で、森は巨獣の森との境に近い。十数キロ先にはフェスという小さな街がある。開始地点の候補にもあった鉄山砦はさらに遠く、フェスから急いで歩いても丸一日かかるという。
「さっきから気になってたんだけど、どうして一目で俺が星界の旅人だと分かったんだ? それに、悪人じゃないとも言ってたよな」
「うーん……見れば分かる、としか言えないな」
アンナは改めて劉を眺め、編んだ髪を指先で弄った。
「星界の旅人は強くて、死なないんでしょ。もし悪い人なら、ショーグンたちをとっくに傷つけていたはずだもの」
劉は、昼間に殴りつけた黒豹を思い出した。
急に可笑しくなって、声をあげて笑う。
アンナは確かに、現実の人間と何も変わらない。
だがアンナやこの世界から見れば、劉こそが紛れもない異邦の存在なのだ。
そう気づくと、人見知りはどこかへ消えた。劉は再び、【杖で殴る魔法見習い】へ戻った。
アンナが不思議そうに振り向く。
「どうして笑ってるの?」
「今日初めてゲームに――いや、星界から来たばかりなのに、空間魔法を使う黒豹に出会ったんだ!」
待ってましたとばかりに、劉は身振りを交えて語り始める。
「まだ魔法の練習もしてなかったから、仕方なく木杖を振り回して二発叩き込んだ。それで追い払ってやったんだよ!」
「あははっ。狂想の主って、本当に星界の旅人なのね。聞いていた話、そのままだわ!」
アンナは朗らかに笑った。その飾り気のなさは、いかにも田舎育ちの娘らしい。
話しながら歩いていると、前方に揺れる火が見えた。
ショーグンが低く鳴き、跳ねるように駆けていく。クロとヤンチャも、嬉しそうに後を追った。
「お父さんだ!」
アンナが歩調を速める。
「アンナ! どうしてこんなに遅くなった! 森が危険だと分かっているだろう。最近は巨獣の森から魔獣が出るという話まであるんだぞ!」
先頭の男は厳しい口調だったが、声には隠しきれない心配が滲んでいた。
後ろにいた若者も、気遣うように尋ねる。
「怪我はないか、アンナ」
「お父さん、アンダーソン。奥のほうに立派なキノコがたくさんあって、夢中になってたら遅くなっちゃった。心配かけてごめんね」
「それでも駄目だ。魔獣でなくても、熊は危険なんだぞ!」
「分かった、分かったってば。ショーグンもクロもヤンチャも一緒だったんだから……」
アンナは父親の手を取り、甘えるように言ってから劉を振り返った。
「それより見て。森で星界の旅人に会ったの。この人が一緒に帰ってくれたんだよ」
「星界の旅人?」
アンダーソンは疑わしげだった。
劉は前へ進み、松明の光に姿を晒した。
「こんばんは。守ったなんて大げさですよ。俺も道の途中で、たまたまアンナに会っただけです」
アンナの父親は、見る見るうちに顔を輝かせた。
「おお、本当に星界の旅人だ! 私はウィリアム。この村の村長で、アンナの父親です」
彼はわずかに身を屈めた。
「娘を無事に連れ帰ってくださり、ありがとうございます」
その横で、アンダーソンの表情が目に見えて曇る。
「アンナは村長の娘だったんですね。俺は【狂想の主】です。森で迷っていたところを助けられたのは、むしろ俺のほうですよ。そんなに畏まらないでください」
「私が狼に追われていると思って駆けつけて、ショーグンたちに囲まれてたけどね」
アンナが横から静かに付け足した。
「これは失礼を。いずれにしても、娘の恩人です。ぜひ村へお越しください。よろしければ、今夜は泊まっていってください」
劉もそれ以上は遠慮しなかった。
「では、お世話になります。アンナからキノコのスープを作ると聞いて、ずっと楽しみにしてたんです!」
一行は言葉を交わしながら、村へ戻った。
村は森のすぐそばにあった。周囲に広がる麦畑が銀色の月光を受け、風に揺れている。
素朴な中世風の家々には、ぽつぽつと灯りがともっていた。
巨大な月の下、村は静かで穏やかだった。




